第506話

 帝国……広ぇ〜。


 まさか両強化の三倍に素で対抗出来る奴がいるとは……。


 …………え? 嘘でしょ?


 正直、自分だけの特性だと思っていた魔法に素の身体能力だけで対抗されるとヘコむのだが?


 肉体的な疲労に精神的なものすら相まって、普段ならしないのだが椅子に全体重を掛けてダラけている。


 思わず見上げた天井に、口すらパカーッと開けて気を抜いた。


「それで?」


 研ぎ澄まされた刃物のような声が対面から発せられた。


 ゆっくりと視線を降ろすと、そんな顔も出来たのかと怒った様子のお嬢様。


 貴族っぽいお澄まし顔よりは年相応だろう。


 …………うん、そうだね。


「とりあえず入浴しようかなって思います。なんで居場所がバレるのかよく分からないので、匂い辺りだと見当をつけて……」


「そうじゃないでしょ?!」


 バンバンと紅潮させた顔色もそのままにテーブルを叩くお嬢様。


 随分とクラシックな雰囲気のカフェなのに……そんなに大声出したらダメじゃないですか?


 このままじゃ警察サツにバレると強弁して破壊現場を後にした俺達は、未だ営業中である少しばかり値の張りそうな喫茶店へとやってきた。


 店員さんに注文を入れて暫く。


 商品が届くまでという僅かな安らぎすら許さなかったのが目の前のお嬢様だ。


 埃や砂に塗れて、服や肌には擦り傷だらけという有り様だ。


 しかし吐き気は収まったのか、顔色の方は青から赤へと変化させている。


「お嬢様……。もう日も落ちてからだいぶ経ちます。そのような大声は……」


「出すでしょ?! むしろここで出さずに何処で出すっていうのよ! そもそも声すら上げれなかったじゃない! 今言わずして何時言うっていうのよ?!」


 あ、だいぶお怒りだ。


 やっぱりエレエレかな? 人前でエレエレやっちゃったのが淑女的にタブーだったのかな?


 どうする? 「少しぐらい酔ってる方が可愛いよ」とか言ってみる?


 ……どういうことだろうか? 口説き文句の定番のような台詞の筈なのに状況が好転する未来が見えない。


「だいたい――」


「お待たせしました」


 ヒートアップするお嬢様に水を差せたのは、注文の品を持って来てくれた店員さんだった。


 ビシッと着込まれたウエイターの衣装がよく似合う美丈夫。


 やや鋭い視線は元からのものなのか、大声を注意せんという意図からか……。


 しかしお嬢様には効果覿面。


 大人しく口を噤むとストンと座り込むのだからイケメンってばお得。


 飲み物と甘い物をそれぞれ音もなく配置すると、一礼して去っていった。


 ウエイターが去っていくのを横目で確認していたお嬢様が、今度は声を潜めて訊いてくる。


「それで? 何なのあんた?」


 おう……とうとう『あんた』呼びになってしまったか。


 紅茶を頼んだお嬢様がミルクをカチャカチャとカップに混ぜ込むのを見ながら、運ばれてきたケーキをフォークで切り取って口へと運ぶ。


 甘い物が疲れた体に沁みる……。


 ケーキとかあったんだなぁ。


 これはもう少しマッシの街行きとかに付いて行ってもいいかもしれない。


 作付けのない冬とか――


「……ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」


「あ、すいません。聞いてませんでした」


 なんて?


「きッ――……きなさいよ、ちゃんと」


 再び激しかけたお嬢様だったが、寸前で堪えたのか座り直しただけですんだ。


 不機嫌も露わに話を続けるお嬢様。


「貴方が何者なのか訊いてるのよ。どう見ても只の水属性魔法使いじゃないでしょ?」


「その通り。実は私は……貴族階級を剥奪された身でして」


「殺すわよ?」


「ごめんなさい」


 ……先にそういうレッテルを貼ってきたのはそっちなのに。


 光彩の消えた目でスッと静かに杖を突き出してきたお嬢様だ。


 俺の嫌な予感くんが『素直に謝っとけ?!』と叫んでいたので即応した。


 謝ったというのに杖の先で頬をグリグリとつつくお嬢様を思えば正しかったと言わざるを得ない。


 ある程度こちらの頬を蹂躪して満足したのか、杖を引いたお嬢様が再び話し掛けてくる。


「あんたアレよね? 『氣』属性とかいう……属性の紛い物持ちなんでしょう? さすがにそれぐらい分かるわよ?」


「ん? ……?」


 氣属性という言葉には覚えがあるけれど……さすがに紛い物呼ばわりは初めてである。


「そうよ。天から授かった私達魔法使いの属性は八つだもの。『氣』なんてよく分からないもの、帝国じゃ正しき力として認められてないわ。そもそも『氣』に目覚めた時点で他の属性を得られる可能性が無くなるっていうんだから、神から与えられし祝福とは言えないじゃない?」


 なんかどっかの白蛇が似たようなこと言ってたなぁ……。


 …………なんだったっけ?


「……あんた、水属性の魔法使いよね?」


 白蛇がなんと言っていたのか正確に思い出そうと記憶を巡らせてる俺に、頭に疑問符を浮かべたお嬢様が続けた。


「はい」


 バケツ三杯分程には水の魔法使いだと思われます。


 目を逸らすことなく自信満々に頷く俺に、お嬢様の疑問は益々深まったようだった。


「そう……そうよね? 実際に水を魔法で出しているところを見てるもの。……でも、おかしいわね? 氣属性持ちは、絶対に多重属性持ちには成れないって聞いてたんだけど……」


 ……そんなこと言ってた姫様も居たなぁ。


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