第503話


 暗闇から姿を表したのは、レインコートのような灰色の服を着た一人だ。


 月明かりに晒された姿は、しかしフードと手袋で判然としない。


「まさか、そちらからスラムに向かってくれるとはな……。追い込む手間が省けたぜ」


 …………。


 『んん?』と疑問含みの目を向けてくるお嬢様を無視して、この暑いのにレインコートを着込む変態を睨み、告げる。


「フン! そんなこと言って、仲間割れを誘っているんだろ? そうはいかないぞ! お嬢様、騙されてはいけません。見てください、あいつのあの格好を! 上から下まで見られたくないと言わんばかりじゃないですか! あんなのは不届き者に決まってます。恐らくはお嬢様に差し向けられた刺客でしょう。……危ないところでした」


「そ、そうね……?」


 よしチョロい。


 勢いで誤魔化せたのか、それどころじゃないと思ったのか、横目に見るお嬢様は僅かに首を傾げるだけで、レインコートの怪しげな人物へ向き直った。


 ずっとそのままの君でいて。


 こちらの遣り取りを大人しく見守っていたレインコートは俺の言い様が気に入らなかったのか、短く鼻を鳴らして言う。


「別に俺は見られても構わないんだぜ? ただ雇い主の意向もあるから聞いてやってるだけだ。……それも人目に付かないってんなら、問題ないがな」


 そう言い捨てて、鬼でも封印してそうな黒い手袋を取るレインコート。


 露わになった手は――やや毛深くてゴツい感じのする普通の手だった。


 こちらの期待を返して欲しい。


「え……うそ? 貴方…………獣混じりアニマノイズなの?」


 しかしながらお嬢様には琴線に触れる何かがあったのか戦慄している。


 ……また出たよ、アニマノイズ。


 知ってる知ってる、今更驚きゃしないって? あれでしょ? この軽々しくて低い声のレインコートも、実は猫耳の少女だったりするんでしょ? もう知り合いにいるから増えなくてもいいって。


 元気かなぁ、あの猫少女……確か名前は…………そんな場合じゃないな、うん。


 取り去った手袋を二つともその辺に放ったレインコートは、今度はフード……どころか、レインコートすらも脱いで風に流した。


 バサバサと音を立てながら元レインコートの後ろへと消えていくレインコート。


 ああ?! 唯一の識別アイテムが!


「……お姉さまは何を考えてるのかしら?」


 嫌悪感も露わに、お嬢様は目の前の人物に顔を歪める。


 金色の、たてがみのような髪の毛に、モミアゲと髭がくっついたような人相だった。


 瞳孔は縦に裂け、その髪と同じ色の瞳が、こちらを獲物として捉えている。


 タンクトップのような服装からは魔力も感じられず、……そもすれば、ただの布の服に見えた。


 …………チンピラ、かな?


 無手の格闘家のような振る舞いも、状況をプラスすればそう評せざるを得ないだろう。


 頭一つ抜け出た身長と、ゴツいと言える体格もそれを後押ししている。


 殺し屋って言うから……もっと剣とか杖とか持ってるもんかと思ったよ。


 これならまだトイレ破壊魔さんの方が刺客っぽいまである。


 やる気あんの? あっても困るけど。


 ふてぶてしく笑うモブキャラに、同じくピエロを思って笑い返す。


「――ほう? 俺を見て笑むか。つまらん仕事かと思ったが……少しは骨がありそうだな」


 誰がマゾじゃボケぇ。


「あんまり喋らない方がいいぞ? 次に起きた時、恥ずかしくて死にそうになるからな」


 相手の流儀に合わせるべく、別に凝っているわけでもない肩を鳴らしながらお嬢様の前に出る。


 ……だってお嬢様、まるで自分が戦うとばかりに魔力を練り上げてるんだもん。


 これだけは自分で持つと言っていた杖を、いつの間にかそっと握ってもいた。


 あとは詠唱するだけだろう。


 杖があると即時性が上がると言われる魔法だが……ハッキリ言って全然分からない。


 その即時性ウンチャラもテッドが自慢気に話すのを聞き流して覚えたぐらいだし。


 …………下手すれば巻き込まれちゃうかな? フレンドリーが燃えちゃう?


 お嬢様の属性すら知らないこちらとしては、念の為に言っておこう。


「お嬢様、ここは私にお任せください。大丈夫です。秒で終わりますから」


「貴方……平気なの?」


「ええ、全然。私も男なので、ゴツいのぐらいでビビったりは……」


「そうじゃなくて!」


 え、違うん?


 じゃあなんなの?


「……もしかして、まだ暗闇に潜んでいる奴らのことでしょうか? そちらも心配しなくても大丈夫ですよ?」


「そうでもなくて!! っていうか、他にもいるの?! 早く言いなさいよ!」


 包囲されてます、って言ったらもっと怒られるやろか?


 それでもって、飛び込んだのは僕です、って言ったら先に殺されちゃうまであるな。


「大丈夫……大丈夫ですよ。大した問題じゃありません」


「おうおう、随分と吹くじゃねえか。まあ、気にするなってのには同意だぜ。――なんせ俺で終わるからよ」


 突然体重でも増えたかのように、鬣男の足元に亀裂が走った。


 特に構えたり、魔力を練り上げたりしたわけじゃない。


 表面上では動いてない。


 ――――その下だ。


 筋肉が……予備動作もなく次の動きを行えるようにとした筋肉の動き準備だけで、足元を割ったのだ。


 見たまんま脳筋タイプのようだ。


 ……つまり相性は良いってことだな?


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