第502話
とりあえず荷物を纏めて宿を出たのだが……。
…………尾けられてんな。
強化された感覚が、こちらの跡を追ってくる者の気配をしっかりと告げていた。
これがトイレの弁償に燃える宿屋のオーナーなのか、殺し屋仲間の復讐なのかは分からないけど。
どちらにしても変わりはないだろう。
「ねえ、しっかりした宿屋を探すのはいいんだけど……もうちょっとゆっくり歩いてよ。私、疲れてるんだけど? というか、それは貴方もじゃないの?」
「え? ええ、まあ、そうですね。きっと憑かれてるんだと思います」
じゃなきゃ納得いかないもの。
最近のトラブルに対する密度が常人の域を越えて天上に達せんばかり。
「じゃあ――」
「――でもやらなきゃいけない時ってあるんですよねぇ……」
後ろを歩いていたお嬢様の手首を掴んで、突如道を逸れて暗がりへと引き込んだ。
路地裏だ。
随分と各所に明るい街であるお陰か、暗い通りを探すのに手間取ったが……これで一旦は奴らの視界から外れたことだろう。
今の内にと距離を稼ぐべく歩き続ける。
「……ちょっと?」
説明を求めるようなお嬢様の責めた声が路地裏に響く。
もしくは俺の担いだ風呂敷が壁を擦ったことに対するクレームだろうか?
風呂敷の中身は、お嬢様のガラクタを纏めた物となっている。
別に置いていってもいいと言われたガラクタ群だったが、元値を知っているこちらとしては性分である勿体ない精神を発揮させて担がせて貰った次第だ。
だって銀板何十枚分もの価値があるんだよ?!
それを
たとえ売り値が下がったところで銀板数枚は固いと予想されるガラクタだから。
それはもう宝の山――
おかしいな?
お嬢様の「聞いてる? ……ちょっと!」という声がではない。
それは無視して歩いているから問題ない。
問題は……追っ手を振り切れていないことだろう。
出来るだけ暗いところをと――明かりを避けるように奥へ向かっているのだが……。
それが予想に容易いんだろうか?
あり得る。
……ならこちらも古典に学ばせて貰おう。
平面の追いかけっこに勝つには――――立体を投入すればいいのだ。
善は急げとお嬢様の膝に抱き着いた。
「お嬢様、失礼します」
そのまま抱え上げる。
「は、はああああああ?! ちょ、ちょっと! なんで?! は、離しなさいよ!」
おかしいな? 王族のお嬢様はむしろ喜気としていたんだが……やっぱり向こうがちょっとおかしかったんだろうな。
風呂敷を背負っている都合上、片手で抱き上げるしかなかったお嬢様。
こちらの頬をこれでもか押し込んで離れようとしている。
「お嬢様落ち着いて! 別に襲おうってわけじゃないんです! 私はお嬢様のような体型じゃ僅かにも魅力を感じない性質でして! ええ!」
「殺すわよ?」
突然の殺意に困惑だ。
これが貴族ってことかな? 全く理不尽な種族である、やれやれ。
うるさくはなくなったが、視線の温度が下がったお嬢様を抱えて地面を蹴った。
左右を圧迫していた建物の壁すら蹴って――――屋上へと躍り出る。
街の灯りも遠く、しかし月明かりのお陰で足場はハッキリと見えていた。
突如として大人しくなったお嬢様が、俺の頭に張り付いて身を固めている。
……うん、声ぐらい掛ければ良かったね?
だって面倒……ううん、お嬢様を不安にさせてはいけないと思って。
鯨の胃液へダイブした時もそうだったが、どうやらこのお嬢様、驚くと身を竦めちゃうタイプらしい。
猫かな?
相手の反応を見るべく……ついでにお嬢様が落ち着かれるようにと足を止めた。
耳に流れる風の音を破って、お嬢様が訊いてくる。
「…………あ、貴方……何? な、何したの? なんで? と、ととと飛んだんだけど?!」
「別に飛んだわけじゃありません。ジャンプです」
「ジャ、ジャンプ? そ、そう…………いえ待って。やっぱりおかしいわ。貴方、魔法使いでしょ? 騎士や凄腕の冒険者ならまだしも……」
「お嬢様……市井の風は落ちた貴族に厳しいものでございました。平民として生きていくためには、魔法以外の力が必要だったのです」
これもバリバリ魔法だけど。
「そうなの? ……没落って残酷ね。まあでも、こうして私の役に立ってるんだから、貴方の没落にも意味があったってことよ! 元気出しなさい! あ、降ろして」
「はい」
抱き上げていたお嬢様を、何かの建物らしき屋根の上に降ろした。
残酷……残酷ねえ?
――――それは今みたいな状況を言うのではないだろうか?
結局、突然飛び上がった理由を聞いてないお嬢様としては気付いていないが……。
追っ手は振り払えていなかった。
なんなら足場が狭まったことや、人通りが皆無なことから襲いやすくなったぐらいである。
どうしよう、身内に敵がいるんですけど……。
……そもそもどうやってこちらを捉えているんだろうか?
そういえば宿屋でもこちらの動きに対応している節があった。
実力で言えば無理もないと思っていたのだが……一撃でノされちゃうような奴だったので、おかしいと言えばおかしい。
俺の知らない魔道具や魔法だろうか?
嫌だねえ、ファンタジーってさ……なんでもありで。
キョロキョロと……物珍しさからか辺りを見回しているお嬢様が、事態に気付くのも、もう間もなくだろう。
なんかごめんね? 展開早めちゃって……。
まず間違いなくこちらを包囲していた気配が、その網を徐々に狭めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます