第500話
…………ほんと、めちゃくちゃ見捨てにくいなぁ。
再び考え深げに目を逸らした俺に、間を取ろうとしてくれているのか……それでも手持ち無沙汰でガラクタに手を伸ばすお嬢様。
断わられる、とは欠片も思ってなさそうである。
つまるところ御家騒動ってやつでしょ? ……って思うのは薄情なんだろうか?
でも別に貸し借りがあるわけでもなければ、義務があるわけでもない……。
お金を返せば、それまでだろう。
ルービックキューブのような、しかし色付けされていないパズルを動かしているお嬢様へ問い掛ける。
「勝算はあるんでしょうか?」
「勝算? なんの?」
なんの、って……。
ガチャガチャと別に解くわけでもなくパズルを弄るお嬢様。
……一回置こうか? その、正解の手順を回したら半分に割れるってだけのガラクタを。
元から正解に近いところにセットしてあったのか二秒で用無しになったよね?
「その……お嬢様がお姉さまと和解…………は無理だとしても、命を狙われなくなる公算……は、あるのでしょうか?」
降参以外でね?
割とまともな事を言っていると思うのだが、お嬢様は難しく考えるでもなくパズルをガチャガチャと言わせている。
「和解は無理ね。遺言の文言が変わることはあり得ないもの。だって、そこでお父様を説得出来るのなら、わざわざ私を呼び戻してまで殺したりはしないでしょ? お姉さまが当主の座に固執している以上、安心なんて出来ないわ」
「そうですよね……」
パカッと二つに割れたパズルを、今度はくっつけることなくガラクタの山へと戻すお嬢様。
「だから生き延びる方法としては、単純にお父様を探すに限るわ。御家の主権がお父様に帰れば、お姉さまは手足を失うわ。独自のルートを作れるほど、お姉さまって自由でもなかったし……」
そりゃお婿さん虐殺してればそうなるよ。
確かにその方法が最も確実な方法だろう。
しかし問題もある。
「その……お父様がいそうな場所っていうのには――」
「――お姉さまもいるわ。……うん、まあ……そういうことよ」
溜め息を吐かれるお嬢様は、含まれるデメリットも充分に理解しているようだ。
近づけば近づく程に危険は増すことだろう。
対するお供は貧弱そうな水魔法使いだけ……。
チラリと向けられる視線に期待の色は無い。
むしろ再び溜め息なんか吐かれちゃって、へへへ。
見捨てたろかな? このハーフツイン。
「他に案はないんですか?」
「うーん……一応、
……もしくは指示が為された後で殺して隠蔽したか……。
「中央とやらに願い出た場合はどうなるんですか?」
「私は指名された後継者だから、現当主の死亡確認をするために査察が入ると思うわ。でもきっと無駄ね。お父様が生きているのなら意味はないし……自領に中央の手を入れるのは色々と問題があるもの。お父様も、最後の最後の手段として遺言を公開したんじゃないかしら?」
それがよりお嬢様を追い詰めてますけどね。
『とりま殺っとけ』みたいなマーダラーに目標を与えることになってるから……。
でも……そうすると確かに、お父様とやらが生きていそうな気はする。
じゃなきゃ中央とやらの横槍が入っちゃうもんね?
お嬢様でさえ……なんて言っちゃうとアレなんだが、このチョロそうな女の子でさえ、そこに思い至れるというのだから、同じく貴族の子女であるお姉さまとやらが、同じ考えを抱いていない可能性は薄いだろう。
…………でも同じぐらい「衝動的にやりました」と言われても「……ああ、うん」って返しちゃいそうで困る。
ふと思い付いた疑問が口を衝く。
「お嬢様から見たお姉さまって……どんな印象でした?」
「ええ? さっき話したじゃない……」
いや、サイコってんなとは思ったけどそうじゃなくて。
「印象ですよ、印象。ほら……明るいとか、温和とか……」
少なくともこの二つは違いそうだけど。
「印象? ……ほんと、変なことが気になるのね? 貴方。そうねー……パッと見た感じは穏やかそうに見えるわ。あまり喋らないし、いつもニコニコしてるし、所作が美しいもの。でも完璧主義者で……ああ、あと潔癖症なのよ。だからなのか分からないけど、私とはあまり接点を持たなかったわね。なんでかしら?」
ここでガラクタの山を見るほど俺は愚かではない。
「並べられたカップの取っ手の位置が僅かに違うから直すようにメイドに言ったり、窓から差し込む光の当たり加減がイメージと違うからって部屋を作り直させたり……私にはよく分からない行動が多かったわね」
それは俺もよく分からん。
ただ……まあ、あれだ。
――――お嬢様を見逃してくれる性格じゃなさそうなことは分かった。
……言っちゃあれだが、たとえ遺言が変更になったとしても殺されそうだよね、お嬢様……。
…………ほら来たぞ?
言うべきことは言ったと再びガラクタの山にアタックするお嬢様を余所目に、強化した感覚が拾わない足音の人物を特定すべく、僅かに開けられている窓の外へと視線を落とした。
宿屋の入口を見えるようにと取った部屋からは、折りよくその人影が宿屋に入ってくるところが見えた。
……足音を消すのが癖になってる類の人なんだろうね、きっと。
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