第499話


 当然だが問題になった。


 しかし醜聞は隠すものというのが世の常であるように、色んな話し合いや根回しによって貴族と召使いの悲恋は内々に処理されたそうだ。


 この時のお嬢様は、内部の人間当事者というだけあって召使いの方にも面識があったそうなのだが……とても二人が逢瀬を重ねているようには見えなかったと話す。


 もしかすると互いの名前も知らなかったんじゃないかしら? と言うのだから……これはもう怪しい臭いしかしない。


 しかしお父様にも口を噤むようにと厳命されたからか、その後のアレコレについては知らなかった。


 正解だろう。


 期せずして『君子危うきに近寄らず』となったお嬢様。


 この頃から、元々あまり頻繁に会うことのなかったお姉さまを目にする機会は極端に減り、またお姉さま自身の露出も減ったと言う。


 ……警戒したのかなぁ?


 当時のお嬢様の年齢を考えれば被害に遭う可能性も少ないと思うけど……その義兄はお嬢様にも優しかったという話だし……。


 実弾お金も随分と飛び交ったのではなかろうか?


 予想通りというか何というか……お嬢様の婚約が決まったのもその辺りだそうだ。


 妹の婚約が決まれば、姉の再婚も決まった。


 今度は少しばかり爵位の落ちる家格の低い家の三男坊と婚姻。


 まるで厄介払いのように結婚話を纏められ、しかし引き継ぎを任せるつもりは無かったのか、今度は当主の仕事に関わらせることはなく……。


 ――――第二……いや第三の犠牲者が出た。


「……」


「……」


 ちょっと疲れたなぁ、と目をモミモミするとお嬢様は話を止めてくれた。


 もうずっとモミモミしてようかなぁ……。


 休憩とばかりにお嬢様のコップと己のコップに水魔法で水を満たした。


 お嬢様もこちらの意を汲んでくれたのか、単に喉が渇いていたのか、二人して唇を湿らせる。


 コップを置くと同時に、お嬢様が口を開く。


「それで――」


「待ってください」


 お嬢様がモヤモヤを吐き出したいのはよく分かったから。


「つまり随分と『サイコパス』な姉上をお持ちということですね?」


「さいぱこす、……って何かしら?」


「故郷の言葉でして、『一風変わった』という意味合いです」


「……確かに変わってはいるわ」


 ど畜生だろ、どう考えても。


 これ以上お婿さんを増やすのはやめてあげて! お婿さんのライフはもうゼロよ?! 物理的にね。


 二回目以降は……たぶんだけど立場を確保する的なことも絡んでいたんじゃないかな?


 三人目を殺した理由はハッキリとしてないが、お嬢様の視点でさえ当主の仕事に関わっていなかったと言えるのだから、後継者として蚊帳の外と扱われていたことに間違いはないだろう。


 その時から既にお嬢様を擁立するルートに入っていたのかもしれない。


「大体分かりました」


 お前の姉ちゃんヤベーっていうのが。


「そう? まだ話してないことあるわよ? 聞きたいって言ったのは貴方なのに」


 いや、俺が聞きたかったのは命を狙われる根本的理由であって……黒幕のイカれたエピソードじゃないわけですよ?


 しかし要約すると――


「つまりお嬢様の姉上は、未だ女当主の座を諦めておらず、次代にと指名されたお嬢様の命を狙っているということですね?」


「まあ簡単に言えば、そういうことね」


「なら……むしろお家の人に助けて貰えないんですか?」


 ご立派な騎士団もいたじゃない。


 話の流れからしても、実行犯はそのお姉さまっぽいし。


 最悪、対面しなければむしろ家の中にいた方が安全なんじゃ……。


 ところがお嬢様は俺の問い掛けに浮かない表情となった。


「家の中にいた方が安全なら、こうして逃げてないわよ。今、御家の実権を握っているのはお姉さまなの。お父様やお母様の口出しがないところからして、二人は動けない状態にあるんだと思うわ」


 …………いや、動けない状態っていうか。


 そのお姉さまの性格からして……。


 しかし俺の表情を読んだのか、気分を害したようにお嬢様が続ける。


「別に死んではないと思うわよ? 恐らくだけど、後継者の指名は現当主に重篤な危機が迫った時に起こる、帝都に保管してある遺言状の公開によるものだと思うから。お父様が死んでいたら、そもそも御家の実権は私に引き継がれる筈……。あの生真面目が服を着てるシェーナが『命令』を曲げないってことは、まだ私は当主じゃないってことだもの。たぶんだけど、お姉さまは今、代理人って立場に収まってるんだわ。だから……お父様はまだ生きてる筈よ。周りには病に伏せてるとか言って……」


 …………それは――


「シェーナ様が受けている『命令』というのは?」


 口を衝いたのは別の疑問だった。


「万難を排して、私を領地へ連れ戻ること。開戦の気運が高まっていたところに帰還……表向きには里帰りの手紙だもの。元々破棄される婚約だったことを考えれば……宣戦布告の前に帰そうというお父様の指示なのか、自分の手の届く所へと引っ張り出したいっていうお姉さまの指示なのか分からなかったのよ。露出の減ったお姉さまにはラベルージュ海洋国への伝手なんか無かったと思うから、そのまま残っている方が安全だったんでしょうけど……。それでも従うしか道は無かったわ。その当初は極秘だったけど、開戦が迫ってたのよ? まだ婚姻を結んだわけじゃない敵国の高位貴族の娘ですもの。残っていたら人質にされるのがオチだわ。それで戦地になりそうな場所を迂回して帰ってたら……鯨に食べられちゃうんだから、始祖は私に対して試練を与え過ぎだと思わない?」


 あー……そりゃ同感だ。


 神様は俺に対して試練を与え過ぎだと思う。


 …………なんで己の身も疎かなのに、こんな危なっかしい貴族の娘をよこすのか……。


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