第498話


「私の家は、当主が代々海軍の幹部に名を連ねる軍閥の家系なのだけど……次代、つまり私達の世代においては男子嫡男が産まれなかったのね? だから直系の娘が婿取りすることになったのが……そもそもの始まりよ」


「つまり……お嬢様の迎える婿様が、次のご当主様に?」


「とも限らないわ。系統図を遡れば、当主が女性だった場合もあったから。でも、そうね……少なくとも海軍に強い影響力を持つ貴族家の男子と婚姻することになると思うわ」


 おぅ……これが政略結婚の世界というやつか。


 自分のことだというのに何処か他人事のように平気そうな顔で話すお嬢様は、やっぱり住む世界の違う住人なのだと思えた。


 しかしこれでハッキリしたことが一つ。


「今のご当主様に『次』と指名されたのはお嬢様なのですね?」


 年功序列を差し置いて。


 少なくとも上に姉がいることは確かなのだから……そこを乗り越えて歳下のお嬢様に指名されるというのは、貴族家としては大変なことなのかもしれない。


 しかしこの問い掛けに、お嬢様の表情は苦笑いのようなものに変わる。


「んー……まあね。でもお父様も、最初はそんなつもりじゃ無かったんだと思うわ。だってお姉さまが婚約していた貴族家は、今の海軍じゃ一、二を争う発言力のある家だもの。私が婚約していたラベルージュ海洋国の貴族とじゃ格が違うわ。あっちが本流、こっちは傍流ね。たぶんだけど、貿易に関する条件を和らげるための繋がりを作りたかったんじゃないかしら?」


 お、おう……せやな?


 とてもガラクタを高い金で買い漁る娘の発言とは思えないね?


 少し興が乗ってきたのか、お嬢様は一連の出来事を整理するように続けた。


「お姉さまは十九、私は今年で十四。年齢的にも……貴族家の繋がり的にも、お姉さまが御家の後継ぎに選ばれるのが当たり前よね? でも……お父様がお姉さまを次代にとお認めになれないくらいの事件が露見したの。お姉さまは…………結婚を『失敗』にしてしまったのよ」


「失敗…………ですか?」


 『失敗した』じゃなく『失敗した』?


 お嬢様が肯定するように頷く。


「そう。失敗も失敗……大失敗よ。お姉さまはちょっと神経質なところがあったから……」


 ……何やったん?


 深い溜め息を吐いたお嬢様が、僅かに顔を伏せる。


「……お婿さんをね? 気に入らないからって……殺しちゃったのよ…………たぶん」


「そんなバカな」


「私もそんなバカなとは思うんだけど! ……状況から言うと、間違いないのよねえ……」


 お嬢様が語るのは、よくある貴族の婿取り話だ。


 未来を有望視される貴族家の次男が、同格……あるいは格上とされる貴族家に出入りするところから始まる。


 家族に溶け込めるようにと卒なく、またお嬢様に対する態度も優しいとされる青年。


 やがて義兄上と呼ばれるようになった青年は仕事に良く、また家風にも合うと当主様に気に入られていく。


 長い付き合いを経て、貴族家同士での繋がりは本人同士のお見合いへと至り――――婚約が成立。


 両者が成人したことを以って、見事夫婦に成り果せたという。


 軍閥の貴族家当主の旦那。


 元より実家では長男夫妻に嫡男が誕生したことからも、大きな出世と言えなくもない。


 間違いなく海軍に於ける重要なポストには着けるからだ。


 順風満帆、まさに両家にとって記念すべき日になったことだろう。


 ――――問題は結婚後の生活で起きた。


 女系の貴族家とあって、純潔を疑われないようにと女の召使いが多いことが青年にとって災いした。


 お嬢様を含めて、食後のお茶を楽しんでいた時だったという。


 軽い雑談に、お嬢様姉妹や召使いなどを含めた家人を、青年が冗談を交えて笑わせるという……よくあるコミュニケーションの一幕だ。


 一人のメイドが思いのほかツボに嵌ってしまった。


 勿論、それは声を大にするような笑い方ではなく、クスクスとした可愛らしいものだったというが……長く続いた笑い声は、当然ながら目立つことになった。


 しかしそこはそれ。


 青年も笑わせようと交えた冗談に目くじらを立てるわけもなく、自分だけが笑っていると理解して赤くなるメイドに、「構わないよ」と笑顔で返すぐらいには度量が深かった。


 何気ない一幕……。


 しかしお嬢様が言うには、原因は『これ』しかないそうだ。


 翌日、この二人が遺体となって見つかった。


 場所は……夫婦の寝室…………お姉さまと青年の寝所だと言う。


 寄り添い合うように見つかった二人、死因は毒で……恐らくは心中だとらしい。


 お嬢様の言うお父様、つまりは今代のご当主様の問い掛けに、お姉さまとやらはこう答えた。


「主人は……そうですね、そのメイドをいたく気に入っておりました。なんてことはよくある方で……。しかし私も、その度に顔を背けるぐらいの努力を致しておりました。主人の気持ちがどちらにあるかは明白でも……これも貴族家に連なる者としての務め、と。同様の覚悟を主人にも持って貰おうと、夫婦での話し合いの場を持ちました。ええ、昨日です。しかし主人は自分の中の感情に折り合いがつかず……己の愛を追うに至ったのでしょう」


 めちゃくちゃ怖い。


 え? いや、怖いんだけど?


 もう聞きたくないんだけど?


 夏にピッタリの怖い話には……実はまだ続きがあるとお嬢様は言う。


 残念ながらガラクタの中には耳栓になるような物は無かった。


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