第497話


 そこそこのセキュリティのある宿屋ってのは、そこそこの値段がするものだ。


 まして『部屋で食べる用』という免罪符で買われた食料と用途の分からない玩具ガラクタの代金も合わせれば、金針にすら至るわけで……。


 いや、なんでだよ。


 無論だが、金を出したのは俺じゃない。


 部屋を取ったのは俺だけど。


 お嬢様の名前を出したらマズいのは、さすがに分かるというものだが……。


 俺の名前もどうなんだ?


 本名じゃないけど大丈夫なのか?


 一応、部屋に入るまでは漕ぎ着けたけど……。


 さすらいの水魔法使いチャノスって奴は、金払いが良くて浪費癖で……おまけに年下の女の子に財布も持たせるというヒモらしい。


 最悪ですね。


 カウンターの前でのお金の遣り取りが思い出される。


 俺が宿帳に名前を記入している隙に、隣りに立っていたお嬢様がスッと金針を差し出して……受け取る看板娘さんの目は、冷たかったなぁ。


 きっと真夏の暑い夜にも対応してくれる、高い宿特有のサービスに違いない。


 ……そう思おう。


「食べないの? ……ああ、不敬を気にしてるのね。安心していいわ、多少下品でも目を瞑ってあげるから。鯨の胃の中でも、特に不敬を問わなかったでしょう?」


 備え付けのテーブルに買ってきた物を広げて、対面するソファーにそれぞれ腰を降ろしていたら、お嬢様の方から話を振ってきた。


 斯く言うお嬢様の手には、既に芋っぽい何かを突き刺したフォークが握られている。


 ガラクタ遊びに飽きたらしい。


 食事をするよりも早く『何かの役に立つかもしれない』とガラクタを弄っていたのは少し前までの話だ。


 一つか二つ程のカラクリを内蔵した、それこそ子供騙しの玩具を、物珍しそうにガチャガチャとやっていた。


 所要時間は十分にも満たなかったと思う。


 もう二度と触ることのない玩具の値段を思えば、高い買い物だったと言わざるを得ないだろう。


 ……チャノスやテッドもそうだった。


 だからこそまだ長く遊べるお手製カードゲームなんかを広めたんだよなぁ……。


 こういう結論に至るのは分かっていたのだが、さりとて俺の幼馴染というわけでもない貴族のお嬢様を引き止め続けるのは難しく……。


 意外な頑固さ……というか幼さを発揮されて珍しい玩具は全部購入。


 無事、無用の長物が山として完成したわけである。


 …………高いよなぁ。


 銀板数十枚で作った山を余所目に、銅棒数本の屋台飯に舌鼓を打つというのだから……金持ちってよく分かんないよねぇ?


 そんなまさに貴族の遊びに半ば強制的に参加させられつつ、同じく芋っぽい何かをフォークに突き刺して口に運ぶ。


 割と久しぶりに感じるまともな食事は、俺の心を癒やしてくれた。


 無心になって食べ続けること数十分。


 粗方の食事を片付け終えた俺達は、ガラクタの山には目を向けずに対面していた。


 食後のお茶が美味しいまである。


 食事の最中に話を振って来なかった理由は、こちらの邪魔をしたくなかったからなのか……それとも単にそういうマナーだからなのか……?


 外での衝動買いといい、ここまで割と危機感を感じることがなかったので、本当にこれでいいのか? とも思ってしまう。


 しかしそんなお嬢様も食事が終わり、真剣な表情をされている……!


 これはいよいよ?


 そう思っていたところでお嬢様が口を開いた。


「……ねえ? やっぱりも必要だったんじゃない?」


「必要ありません」


 お嬢様の言っているというのは、ボタン一つでコップに水が満ちるというガラクタのことだ。


 俺が水魔法を使えるからという理由で遠慮してもらった。


 この部屋に入るかどうかも分からないほど大きかったガラクタだから、さすがに無理してでも止めさせて頂いた。


 どう考えても見掛け倒しが過ぎるガラクタに……しかしお嬢様は「あれがあれば、貴方がいなくても水に困ることはなくなるんじゃない?」とかアホなことを仰せだった。


 井戸で汲めや。


 そもそも持ち運びの手間なんかを考えないところが如何にも貴族のお嬢様っぽくってやめて欲しい。


 まあ貴族のお嬢様なんだけど。


 未だに「でもあれ……凄くいいわよね? ……うん、だって……」とブツブツ呟く真剣な表情のお嬢様へ、間違いが起こる前にと口を開いた。


「すいません、お嬢様にはの全容をお話頂ければと……」


 依頼だからね? あくまで依頼で……まだ断わることも出来るからね?


 お嬢様に頂いた金針にはまだ手を着けていない。


 …………まあ、返したくはないけれど。


 しかし俺の言葉に、真剣な表情だったお嬢様はキョトンとされている。


 逆だろ?


 お嬢様は言う。


「全容って……お姉さまが私の命を狙ってきてるのよ。だから貴方を使うことにした。これで全部よ?」


「その……命を狙われている理由とか、私が何処まで付き合わなければいけないのかとか……出来れば明確にしておきたいんですが……」


「なにそれ? そんなことが気になるの? 私に使われるんだから名誉でしょう?」


 ……いや、期限とか達成点は重要でしょうよ?!


 危ねえ……下手すれば一生使い回されそうなこと言うやん。


 密かに汗を掻く俺を置いて、お嬢様が続ける。


「命を狙われてる理由は……そうね、お父様が後継者を指名したからじゃない? 前々からあまり気にいられてはなかったけど、さすがに暗殺される程じゃなかったもの。タイミングとしては間違いないと思うわ」


 ……こういうお家騒動っぽいことを、ちょっと面白そうと思ってしまうのは不謹慎なんだろうなぁ。


 他人事だからってのもあるけど。


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