第496話


 …………墓場かよッ?!


 人生の、という意味合いじゃなく、迷路の出口が、である。


 唐突に細くなった道幅と少なくなった灯りが、まるでこの先の道行きを暗示しているかのようになった地下通路で、お嬢様が何やらゴチャゴチャとやった先に現れたのが出口から漏れる光だった。


 今宵も満点の星空と微妙に二つある月が空から覗いているらしく、行き止まりかと思われた通路の先で、天井付近に空いた穴からは外が見えた。


 差し込んだ光と共に梯子なんかも降りてきて……。


 どうやら俺の地下行きはここまでのようだった。


 何年も潜ることにならずに済んで安心すればいいのやら心配すればいいのやら……。


 先発は俺に任された。


 まだ了承したわけではないのだが、ポケットの奥の重みが……もとい! 俺の心に住まう善の心が! 今まさに命を狙われているという少女のために奮い立ち、お嬢様が顎で促されたからではなく! 自発的にか弱い少女の安全を守らんと先を行くに至ったのだ!


 勿論、お嬢様に何かあっては一大事と強化魔法を使用しての先行である。


 いきなり両強化三倍を使ったのは全力でやるという意志表明みたいなものだ。


 ビビったからじゃない。


 それでも慎重に梯子を登れば……強化魔法とは関係なく空から照らされる光だけで確認出来る外の状況が、ここを墓場だと教えてくれていた。


 整然と並ぶ石の群れは、前世にある墓石程に四角四面ではなく、どちらかというと自然なままの物を定位置に置いた的なニュアンスがあった。


 このぐらいの大きさがいい、という見解でもあるのか置かれている石の大きさはどれも似たり寄ったりで、ともすれば自分が何処にいるのか分からなくなりそうな具合である。


 …………一つを除けばだが。


 這い出した先では、入口と同じように穴を塞いでいたのだろうデッカい墓石が脇へとズレていて……他のとは違って綺麗に加工されていることからも、『ここは違うんだぞ』と言わんばかりに目立った。


 いやそこは普通の石であれ。


「どうかしら? 異常はない?」


「一番異常なのは、これを作った人ですかね……」


 待ち切れず穴から顔を出したお嬢様に、思わずと心の声が漏れた。


 しかしお嬢様が批判することはなく……むしろ視線の先に捉えた墓石から、その表情を赤く染めて恥ずかしさを表明していた。


「……お、叔父様ったら!」


 バレバレですやん。


 墓石の具合からして……どうやら市井の共同墓地のようなのだが……。


 隠す気が無かったのか茶目っ気なのかは知らないが、ここだけ違和感バリバリの墓所となっていた。


 チラリと墓石の表面を確認すれば『暁の英雄、ここに眠る』と、不自然も極まった一文が明示されている。


 思わず林檎のように赤くなるお嬢様を見つめたが、視線は逸らされて……入口でそうしたように、お嬢様の手によって重そうな墓石が再び穴を封じた。


「……行くわよ」


「はい」


 『ここに居たら目立ちますもんね?』とは言わずにおいた。


 お嬢様の背中が『何も訊くな!』と言っていたから。


 『ここから内部に侵入されそう』とか、『よく今までバレませんでしたね?』とか……。


 訊きたいことは無数にあったが、先程の蛇を思い出せば口を噤めた。


 墓地は街の中心からやや外れた所にあったのか、緩やかにカーブを描く一本道の先には人工の明かりが見えた。


 しかし別に敷地外というわけではなさそうなのは、街をグルリと囲む防壁からしても間違いないだろう。


 僅かに見られる自然っぽさからは、何処の世界も似たようなもんだなと納得させられる。


 お嬢様の顔の赤さが戻る頃には大通りへと辿り着いた。


「おお……」


 防壁の中と外では随分と雰囲気が違うのか、ワイワイガヤガヤと人が行き交っている。


 軍港っぽい様子からして関係者以外は立入禁止なのかと思いきや、至って普通の港街である。


 しかしパーズの居た街とは違って市場などが開かれている様子は無さそうだ。


 それもこの通りを見ただけの感想なのだが……。


 ただ……辺りの様子は呑み屋街といった雰囲気だった。


 軒を連ねる居酒屋からの匂いは、食事前の俺の胃袋を刺激する。


 ……そういえばお金持ってるんだよねぇ。


「食事は後、宿を探すのが先よ」


 賛成を表明する俺の腹の音が聞こえたのか、先を歩いていたお嬢様が言った。


 まあ、そうね…………はい。


 同じく鯨の肉から何も口にしていない筈のお嬢様からそう言われたのであれば、こちらとしても頷くを得ない。


 そうと決まれば早いところ宿に腰を据えたい――と、思っていたのだが……。


 お嬢様のキョロキョロ具合は地下のそれとくらべものにならないぐらい多くなっていた。


「わ。あれ何かしら?」


 ……お嬢様?


 なんの変哲もない……ともすれば安物買いの銭失いとなりそうな露天商にすらフラフラと視線を吸い寄せられるお嬢様は、何処からどう見ても貴族の箱入りカモ


 どうやらここは俺がしっかりするターンのようである。


 婚約破棄された我儘令嬢ってのは賢いという先入観があったのだが……そうだよ、そうだった。


 このお嬢様ってチョロっぽかったんだった。


 未だフラフラと露天商に興味を抱いている歩調のお嬢様の肩をガッシリと掴んで方向修正をする。


「お嬢様、宿はこちらです」


「え? ああ、そうね。でもあれも宿かもしれないわ」


「お嬢様、あれは宿ではありません」


 なんで露天商が宿屋になるんだよ。


「そう……そうね。でも何かの役に立つんじゃないかしら?」


「お嬢様」


 キリキリ歩け。


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