第495話


「――ていうか、なんでこんな所で長々と話さなきゃいけないのよ? 面倒な男ねえ。そんなんだから没落したんじゃない? さ、もういいでしょ? 行くわよ」


 僅かな間に表情をコロコロと変えて先を促すお嬢様。


 得意気にしていたと思ったら、次の瞬間にはガン冷めである。


 少し前に接していた表情に乏しい日焼け娘との落差が凄すぎて、感情が上手くついていけないまである……。


 しかし『待った』だ。


「あ、あの!」


「……何? まだ何かあるの?」


 お嬢様の足を止めるためにと声を掛ければ、眉間に皺を寄せて明らかな不機嫌顔で振り返ってきた。


 やだ怖い。


 話し掛けんなオーラを出している女性社員に、必読の社報を渡す時のような気分である。


 それでも明確な『利』があるとなれば彼女も納得してくれる……筈だ。


 腫れ物に触るような慎重さで、ナイスな提案を口にしてみた。


「じ、事情は全部ここで話していきませんか? 少なくとも、ここなら安全は保障されてるわけですし……」


 そう。


 如何にもな作りの地下通路は、どう考えたところで秘されて見えた。


 あのポニテ女騎士が調べなかったことからも、この通路の存在を知るのはお嬢様と――誰だか知らないが『叔父様』とやらだけの可能性が高い。


 なら外に出てから情報を共有するよりも、ここでしていった方がより安全だと思うは自明の理だろう。


 我ながら完璧なロジック――


 しかしこの提案にお嬢様は首を傾げる。


「……なんでよ? 話聞いてた? に居たら殺されるかもしれないから、早く出たいって言ってるんだけど?」


 …………あれ?


 確かに、お嬢様がそう言っていたことは覚えている。


 しかしそれは場所の特定をされるから――という意味だと思っていた。


 命を狙われてるという話だし、目標の位置確認は最重要事項だろう。


 だからここなら……下手に外に出るより安全だと思うのだが……?


 …………もしかして『ここ』って、『上の館』って意味合いかと思ってたんだけど、この通路も含めての――『ここ』、なのだろうか?


 だとしたら――――


「お嬢様の命を狙っているのは……件の叔父様、ということでしょうか?」


「え? 全然違うけど。……なんでそうなるのよ? 貴方……頭大丈夫?」


 ……うわーい、統一戦争を大偉業とか言ってるイカレ愛国者に頭の心配をされたぞ?


 ここで金針を叩きつけて踵を返せない俺は主人公特性が無しで間違いない。


 『そんな勿体ないことは出来ない』と貧乏性な性格が囁いている……。


 ……だって逃亡生活に活動資金は付き物なのだ。


 何があるか分からない世の中だから、いっぱい持ってた方が安心出来るだろ?


 そもそもが老後のためにお金を貯める世界から生まれ変わったのだから、お金第一主義は仕方ないと思う。


 だからこその我慢だ。


 吸う吸う吐くという特殊な呼吸法で怒りを散らしながら、続くお嬢様の話に耳を傾けた。


「……貴方も元は貴族なら分かりそうなものだけどねー」


 お嬢様は呆れ顔である。


 いやしかし……そう思っても仕方なくない?


 だって『ここ』から逃げ出す必要があるということは……警戒しているのは『外』じゃなく『内』ということになるからだ。


 内部犯……しかもこの通路まで危ないとなると、黒幕はだいぶ絞られると思う。


 前提条件じゃ、お嬢様と叔父様しか登場人物がないのだから……そんなの反則だよ! ちゃんと容疑者は並べてくれなきゃ?!


 仕方ないとばかりに軽く溜め息を吐き出したお嬢様が告げる。


「私の命を狙ってるのは――――お姉さまよ」


 ほぼ当たりだと思うのね?


 それはズルい……それはズルいでしょ?


 少なくとも内部犯というところまでは当たってたんだから部分点は貰わないと。


 一度ひとたびこの世に生を受けた以上は、両親の存在が必須。


 しかし姉妹ともなると、いるかいないかは報告してくれなきゃ分かるわけないでしょ?


 はい論破、だから前述の頭云々は無効でーす。


 そもそも貴族じゃないんだし……その手の問題に直ぐに気付けるわけなくない?


「もういいかしら? じゃあ行くわよ」


「はい」


 しかし大人しく頷いて黒白ハーフツインに付いていく。


 身内……しかも姉妹に命を狙われるなんて物騒な世界だなぁ。


 やっぱり跡目争いとか何だろうか?


 ……見たところハーフツインは女の子にしか見えず……狙っているのも『お姉さま』と言うことで少しばかりの違和感が残る。


 そういう後継者争い的な主役って男じゃないんだろうか?


 ……まあ訊かないけどね。


 急いでいる理由も確認出来たことだし、ここで再度話し掛けて不興を買うのも面白くはない。


 黙々と歩くべきだろう。


 ――――しかしながらそう思っていたのは俺だけのようで。


「ねえ? 結婚、ってどんな感じなの?」


 早々に暇を持て余したのか……それとも会話に味をしめたのか、お嬢様の方から話し掛けてきた。


 しかもめちゃくちゃ微妙な話題で。


 正直に言うと『分からない』なのだが……。


「……そうですね。とても、とても幸せで……」


 適当に話を合わせておくことにする。


 ああああ……余計なこと言うんじゃなかったなぁ……。


 結婚と聞くと即座に思い浮かぶのは『墓場』という単語なのだが、まさか夢見る年齢っぽいお嬢様に独身拗らせ野郎の想像を突きつけるわけにもいかず……。


 言葉尻を濁そうとする俺にお嬢様が追い打ちを掛けてくる。


「幸せで?」


 なんだろう? ……なんだ?! 早く!


「子育てが大変です」


 咄嗟に出たのはそんな実体験。


 いや、だって……分かるわけないよねぇ? まだ相手も見つかってないんだから。


 しかしお嬢様は今の話に納得されたのか「へー」と相槌を打っている。


「やっぱり市井に落ちるとそうなるのかしら? 普通は乳母がやるものよね?」


「え、ええ……まあ」


 そんな普通は知らんがな。


 これ以上突っ込まれるわけにはいかんと話題の方向転換を試みる。


「お嬢様は結婚に興味がおありで?」


 唐突な結婚話からして、やはりこいつも思春期らしく恋話が好きなんだなー……とそんな当たりを付けた話題逸らしに――


「勿論あるわ。婚約してた身としては、その延長線上に興味がないわけないでしょ? まあ、もう破談になっちゃったけどね」


 ――重い返答を頂いた。


 …………知ってるか? 藪をつつくと蛇が出るんだ。


 世の中ってそういうものなんだ。


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