第493話
なんかなぁ……なんだかなぁ。
何処ぞにある村のショボい地下通路とは違って、点在するランプがその豪勢さからして別物なのだと教えてくれていた。
こりゃ予算からして違う。
当然ながら規模すらも違うようで……。
狭い一本道だと思っていた地下通路は途中で急に道幅を増し……同時に迷路の如く現れる別れ道からしても、お嬢様を見失えば出ることは不可能だと感じられた。
…………毎回思うんだけど、こういうの関係ない奴に見せてもいいの?
将来的に消される可能性は、自分が民草だと考えれば考える程に増すというのだから……異世界ってやつはパンピーに辛いものである。
次に転生される機会があるんなら、政治にも一役買える金持ちの家に産まれることを神様に頼もうと思う。
出来れば後継者争いに関係ない辺りの息子で、家族仲が良くて、母親が美人で、周辺に戦争の兆しがないかつ辺境で長閑なアットホーム系職が皆無の――
不穏な事を考えていたせいか、お嬢様の足が別れ道の前でピタリと止まった。
「……どうされましたか?」
もしや心の声が漏れていたとかいう在りがちな展開ですか?
しかしお嬢様は右見て左見て……。
「分かんなくなっちゃったわ」
おい。
ここで横断歩道が出て来ないんだから異世界ってやつが嫌いだ。
そんな分かりやすい迷子ジェスチャーがありますか?!
「まあでもこっちね。叔父様にも困ったものだわ、なんでも複雑にするんだもの。ねえ?」
迷ったという素振りを見せた割には堂々と進むお嬢様。
叔父様とやらが誰のことだかこちらには分からないのに会話に混ぜ込むこの気質……!
ヲタクかな、この娘。
こちとら新人の女性社員に「チェキありなんスよ〜」とか言われてもチェキが何なのか聞き返せなかったぐらいなのだ、世界も身分も違うのに「誰それ?」とは言えまい?
しかし貴族には違いないっぽいから無言を貫くしかないわけで……。
それがまたお嬢様の癪に障らないかと戦々恐々としていると、特に気にした風もない表情のお嬢様が振り向く。
前見て、前。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったわね?」
「チャノスです。こう見えて故郷には妻も娘も居る身でして……」
「へー。早々に子宝に恵まれたのね? 良かったじゃない」
こちらとしては『だから無茶はやめてね?』的な発言だったにも拘わらず、お嬢様には驚きも無く……。
せめて娘がいることには驚こうよ? もしくは『……そうなの、じゃあ――』的な表情をしてよ……。
思い通りの展開叶わず、宛てを外されたこちらに対して、何のことはないとお嬢様が続ける。
「じゃあ最悪死んでも問題ないわね」
問題しかないな。
思わずピタリと止めた足に、お嬢様も歩みを止めて不満そうな表情を浮かべる。
「なにしてるのよ? 早く行くわよ」
「……すいません、これって何処へ連れて行かれるのでしょう?」
今更ながらの質問に……しかしお嬢様は考え込む素振りを見せた。
どういうこと?
先導している側が目的地を言い淀むなんてことあり得るのだろうか……。
この世界の真実を知る識者としての閃きが、俺に答えを吐き出させた。
「まさか! 私めの不敬を咎めて、サプライズを含んだ刑を与える気なのでは?!」
「どうしてそうなるのよ……市井に教育が無いって本当なのね」
失礼な奴だな? こちとらちゃんと教育される世界からやって来てんやぞ?
仕方ないと言わんばかりの溜め息をこれでもかとばかりに吐き出されて、年下にしか見えないピンクゴールドの髪の女が言う。
「とりあえずは外に出るのよ。どこら辺に出るかは知らないわ。だって私も使ったことないんだもの、この通路」
ちょっと問題しかないからツッコませて貰うね?
「失礼ですが、お嬢様は何やら探されていたご様子。もしかして行き先を告げずに姿を隠したのではないかと愚考させて頂くのですが……その場合、私が拐かしたという根も葉もない絵空事を、事実として受け取られかねないわけでして……」
濡れ衣とか間に合ってますから。
「大丈夫よ。私が証明してあげればいいでしょ?」
それは警察と司法が手を組んでるぐらい大丈夫じゃないけど……まあ、一応はこちらを嵌めようとしているわけじゃなさそうな雰囲気だ。
このお嬢様……意外というか、舐めてるというか、割と正直だしねぇ。
貴族意識っていうのかな? なんか『平民に嘘ついてどうするのよ?』的な傲りっぽいのが会話の根本にあるのだ。
それだけに発言が信じれるというのも変だが……。
そんな信頼と呼んでいいのかどうか分からない変な信頼の元に、次なる疑問を口にする。
「……それでは、何故外へ? 先程の発言からして、お嬢様もお疲れのご様子……。私には急ぐ理由と外に出る理由がよく分かりません」
明日でもいい? 明日にはもういないけど。
尤もな疑問に、お嬢様は『なんだ、そんなこと?』とばかりに告げてくる。
「ここにいると、下手すれば直ぐにでも殺されちゃうからよ。だから監視の目を抜けて、出来れば手の届かない所に行きたいの。わかった?」
よし、よく分からん。
「……殺される? 私が、でしょうか?」
心当たりしかないんだが?
そんな俺の懸念の言葉に、しかしお嬢様は怪訝そうな表情で返してくる。
「それじゃ私が貴方を助けることになるじゃない? なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ」
おっし、一先ずその生意気な台詞は飲み込んどいてやろう。
しかし、となると……。
選択肢の二つに一つが潰れたのだから、残るは一つ…………。
現実から目を背けんとする俺に、生殺与奪の権利を握る上位者が残酷な真実を突き付けてくる。
「命を狙われてるのは私よ。当たり前じゃない」
ええ、ほんと……。
当たり前じゃない、とは思いますね、うん。
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