第490話
それでも審査は受けなきゃダメなんじゃない?
――――と、思っていたのも過去の話。
『こいつ連れてくから』『うん、オッケー』とばかりにあっさりと連行が了承された。
水晶玉にタッチもしていないというのに、乗せられた馬車から見える景色は早々に分厚そうな防壁を越えた。
先程までの警戒っぷりからは想像も出来ないようなガバガバさだ。
馬車を取り囲むようにして騎乗した女騎士団と共に街を進む。
お陰様で相乗りもなく、はれて一人のスペースで自由を満喫出来ている。
別に拘束されたり、また情報を遮断するために目隠しや馬車を密閉されたりもしていない。
完全に賓客待遇。
でも強制。
……なんか、やたら目立ってるからやめて欲しいって思うのはダメなんだろうか?
俺を乗せた馬車を通すために、わざわざ大型の門を開けたと知れたところでカーテンを閉めた。
横に馬車クラスが通れる門があったじゃない……なんなら徒歩用の通用門もあったじゃない。
これは悪目立ちが過ぎないですか? 嫌がらせですか?
ともすれば女だけの騎士団というだけで華やかでやたらと人目を惹きそうなのに……このうえバチクソに警護している馬車に注目が集まらないわけがない。
現に防壁の大扉が開く時に、窓から見えた人影は一様にこちらを向いていた。
乗っているのは怪しげな裸ローブというのだから救われない。
ちょっと豪勢な連行ですよ……むしろ犯人を油断させる逮捕劇の可能性すらある。
「到着したぞ、外に出ろ」
これは、精神的な攻撃か……? と冷や汗を流しながら培ってきた忍耐を発揮していると、例の代表っぽい女騎士が外から声を掛けてきた。
ようやく解放される……!
促されるままに外への扉を開けると、目の前には豪邸が広がっていた。
しかも左右にズラーッと続くメイドさんの列。
……こんな金持ち的なハウスってホンマにあるんやね。
ビシッと整列しているのは何もメイドさんだけじゃない。
馬車の周りを囲んでいた騎士団も、いつの間にか馬から降りて整列していた。
ここまで来ると……なんか怖いまである。
全員女性というのに、なんなら少しぐらい男性を混ぜて欲しいとすら思うのだから……人間って勝手な生き物だよね?
どうすればいいか分からずにボケっとしていると、整列している騎士団の脇から少々吊り目気味の傍目に性格がキツそうな女騎士が出てきた。
職員さんと遣り取りをしていた例の女騎士である。
「よし、付いて来い。まずは着替えからだ。……聞いたところによると、何も着けてないという話だったが……」
「……え? あ、はい」
有無を言わさず歩き始めた代表女騎士の後を、置いて行かれては堪らないと追い掛けながら頷く。
「本当なのか……。本来なら、そのような輩が此処に入れることはないのだが……今回だけは特別と心せよ。何しろ事情が事情であるからな。……大したことのない水魔法が使えるからと、あまり調子には乗るなよ?」
「は、はい」
これは間違いなく例のハーフツイン案件だろう。
軍関係のお偉いさんだとは聞いていたが……想像よりもかなり上の立場の人らしい。
……なんの用だろうか?
もう会うこともないと思っていただけに、目的が分からずに不安だ。
メイドさんの列が作る花道を女騎士と二人で歩く。
これ……全然いい気分じゃないな。
むしろ早く仕事に戻ってまであるよ。
そもそも小市民が他人の家のメイドさんに傅かれたところで、圧倒されることはあっても高揚することなんてないのだ。
普通にプレッシャー半端ない。
大勢の前で、自分に注目が集まっても普段通りに動けるかどうかなんて……出来る人種出来ない人種に別れるだろう?
ちなみに私は出来ません。
上司の前でするプレゼンとはまた違った胆力が必要なのだと思い知った。
アイドルとか、政治家とか……そういう人達に最低限必要なんだろうなぁ。
俺のような小市民は、なるべく足元に視線を固定して前の女騎士さんに付いていくだけで精一杯である。
恭しく開けられた扉に、礼を述べることもなく通過する女騎士さん。
思わず「どうも」と言い掛けてやめた俺との対比が凄い。
中も広ぇ……。
本当に存在したのかというデカデカとしたシャンデリアに、全部絨毯敷きなのかと何処までも続くエントランス。
二階へと続く階段は、匠が手掛けたと言わんばかりの意匠に凝った手摺り付き。
そろそろ日も落ちるという中で、これだけ広い屋敷を明々と照らすのは、どれだけの私財があれば可能なのだろうか……。
俺の村なんて隠し通路に設置した魔晶石ランプですら高価な部類なんだけど?
いかん……これ明らかに世界が違うわ。
高貴な相手に覚えがないこともないけど……大抵が戦場での出遭いだったので、こういう上流階級的な世界観を見せ付けられるのは初である。
もし今度、リジィとか姫様とかをお見掛けすることがあるのなら……そのときは持てる力を捻り出して全力で逃げようと思います。
「ここだ。中に服を用意させた。まずは着替えて……ああ、そうだ。お嬢様と謁見する際は、あらゆる魔道具を持つことが許されない。ローブは外しておけよ」
「はい、了解しました!」
ズンズンと奥へ進む女騎士さんを追い掛けて、止まったのはやたら大きく感じる扉の前だった。
しかしこの扉だけ大きいというわけではなく、全てが全てこのサイズなので、特に他意は無いのだろう。
…………何の用かは知らないが、もう早いところ終わらせよう。
ここに来てようやく、話をスムーズに進めるために努力しようと決めた。
満足気に頷く女騎士さんを横目に部屋の扉を開き――――
ゆっくりと閉めてから言った。
「あの……服は一着にして貰っていいですか? 何を着ればいいのか分かりません。それと……出来るだけ小さな部屋に変えて貰えますか?」
服屋も斯くやと言わんばかりに服がズラーッと並べられた部屋を、俺は将来二度と見ることは無いだろう。
小市民には無理だよ。
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