第489話
……日が暮れてからの方が逃げやすいよな?
「あ、使い方が分かりませんか? 大丈夫ですよ。この水晶に手を置くだけです。何も難しいことはありませんし、危なくもありません」
キョドキョドと逃げ道の確認をしていたことが誤解されたのか、職員の人からの丁寧な説明が入った。
実際に自ら手を触れて安全性のアピールまでこなしている。
水晶玉に変化は無かった。
「ね? 平気でしょ? お連れの方達は既に終えられていますので、貴方もお早くお願いします。これを済ませたら食事にしますので」
今そのサービスいらないから。
食事と聞いたオジサン連中の視線が俺に集まる。
採光用なのだろう、上の方に付いている窓からはまだ日の光が差し込んでいた。
どうにか時間を稼ぎたいのだが……やだぁ、めっちゃムサいオヤジ共が餓えた獣のような視線で俺を見てくるんですけどぉ? ……本当に怖いやん。
安心感もあるんだろうが、疲れと餓えを自覚したオジサン連中のプレッシャーは半端なかった。
ここで一暴れでもして食事の時間を長引かせたら一生恨まれそうである。
仕方ないねん……許してや。
どうにか時間を捻出しようと、腕を組んで如何にもな『待ち』のポーズを取る俺に、オジサン達を代表してライターさんが声を上げた。
「どうした? 腹でも痛いのか? 先にトイレに行くか?」
「いえ判別が先です」
ライターさんの気遣いの言葉に『それだ!』と思うも、即座に職員の人が言葉を被せてきた。
どうやら規則でもあるのか、そういうことになっているらしい。
ぐぐぐっ……! ここまでか……?!
いつまでも営業スマイルを崩さない職員の人が、しかし糸のように細められた目を僅かに開けて言う。
「……失礼ですが、お顔の確認をしても宜しいでしょうか? これも念の為の措置なので……」
……水晶玉で犯罪者の判別が出来るのなら、お顔の確認はいらなくない?
いつでも逃げ出せるようにと掛けていた強化魔法で強化された感覚が、死角にて動かされる職員の手の動きを拾った。
途端――鉄火場のように忙しそうな詰め所の中で、何人かの職員が扉の前へと移動する。
さり気なく静かで、恐ろしく自然な所作だったが…………洗練された肉体の動きが他の職員との区別を可能にした。
荒事に経験のある方々ですね……。
しかも応援でも呼んだのか、外から真っ直ぐにこちらへと向かってくる一団もあった。
……包囲網でも敷かれたか?
しかしまだ日は落ちていない。
俺はフードに手を掛けると、特に躊躇することもなく、さりとて勢いをつけることもなく、言われるがまま顔を見せた。
職員さんにまんじりと見つめられる。
恐らくは自分が覚えている限りの犯罪者の顔と照らして合わせているのだろう。
愛想笑いを浮かべながら職員さんへと問い掛ける。
「あの……これで良いですかね?」
「うおっ、声が変わってんぞ?! どうなってんだ、それ……」
「あー……ローブの魔法効果なんですよ。ほら? 若いと舐められそうじゃないですか?」
「……てっきり同じ歳か、少し上ぐらいに思ってたわ。確かに、それなら歳を誤魔化せそうだな……」
しかし反応したのはライターさんの方で……。
背丈はともかくとして、声から推察していた歳の違いに驚いているようだ。
俺も敢えて否定しなかったしな。
驚きに声を上げるオジサン連中をおいて、職員の人が頷きながら続ける。
「……はい、お顔は確認させて貰いました。ありがとうございます」
「あー、じゃあ……」
「そうですね、あとは水晶のチェックだけとなります」
有耶無耶に出来るかと思ったが、それは外せないらしい。
ダメか……もうダメか?
……俺が浜辺で目覚めた時に、ギルド職員の『見届け』とやらが済んでいるとガンテツさんは言っていた。
詳しくは聞いていない……しかし十中八九越えて十二ぐらい、この水晶には何らかの変化が訪れるだろう。
異世界物ってそうだから。
転生者が水晶玉を触ってやらかすまでがワンセット。
そこで最早定例句となっている台詞を言って完璧。
「あれれ? 俺、また何かやっちゃいました?」からの逮捕だ。
おかしい。
聞いてた話と違い過ぎるぞ異世界! もっとサービスして! もっと俺に優しくしてあげて?!
決定打を打ち出せずにいる俺に、背後から物々しい足音と共に何らかの一団が迫る。
ガチャガチャとした金属音からしてもフル装備だろう。
騒がしく動き回っていた職員さん達も道を開け、オジサン連中も物々しさから押されるように離れていく。
あああああ…………。
ザッと後ろに並ばれた一団から、一人が抜きん出て話し掛けてきた。
――――しかしその相手は俺じゃなくカウンターにいる職員さんにだ。
「鯨に食われていた水魔法使いとは誰だ?」
声の感じからして女性。
職員さんの視線が俺へと落ちる。
鯨の中でのあらましは聞いていたのだろう。
逮捕かな? 逮捕なのかな?
「む……少し、聞いていた印象とは異なるのだが……」
恐る恐ると視線を向けると、キリッとした表情の知らない女騎士と目があった。
というかカウンターを囲む一団、その全てが女騎士のようだ。
振り向いて気付いたのだが、全員、プレートアーマーの胸の部分が女性的な曲線を描いている。
女性だけの警邏? もしくは騎士団か……?
その代表っぽい職員さんと話していた女騎士が、俺に向けて手を振った。
「付いて来い。お嬢様がお呼びになっている。直々に感謝の言葉を述べたいとの仰せだ」
それは果たして喜んでいいのかどうか……。
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