第488話
「あ」
「うおおおおおおおッ?! な、なんだ……?」
強化された肉体を活かして、ライターさん達の負担が減るようにと鯨の骨を切り進めた。
随分な硬度を誇る鯨の骨は、肉の部分と比べると遥かに軽く、ここぞとばかりに大きく切り取った。
運ぶ回数が減ればそれだけ楽になるんじゃないかという思惑あっての行いである。
しかしそれも体力が万全な時に限るのか……。
次第に遅くなる運搬のペースに、場所を取るというのに道の途中に放置された骨のブロックが、彼らの限界が近いことを教えてくれていた。
そろそろ本当に休憩しないとなぁ……。
殆ど役に立っていなかった物資だったが、『無くなった』という一事が焦りに一役買っているのかもしれない。
現に水分補給はこまめに行っているというのに、再び休憩して
あれだけ貪り食っていたというのに、だ。
もしかして……もうお肉は焼けないとでも思っているのかもなぁ。
確かに鉄板が無くなってしまったが、別に剣に突き刺して直火でも問題はないと思う。
オジサン達に関してはだけど……。
……やっぱり貴族様がいるからだろうか。
『早く
ぶっ倒れるまでやるというのか……? いつまで……いつまで俺達は黒く染まり続けなければいけないんだ?!
よく考えれば異世界なんだから、前世のブラックも『ちょっと黒いかな?』ぐらいの世界観も普通。
下々民には絶望しかないんだね? 知ってた。
そんなこんなで骨のエリアを抜け、切り取る部位が肉へと戻った穴に……そろそろ交代を言い渡されそうだから休憩を提案してみるか――と肉に一刺しした時だった。
突き抜けるような手応えに思わず声が漏れ――――それに対する
……お隣りさんかなぁ。
肉の壁を挟んで沈黙と警戒する空気が伝わってくる……。
なので剣をギコギコと動かした。
「う、動いたぞ?!」
そりゃ動きますがな。
どうにも向こうに人が居るのは確かなようで……他にも胃袋が存在していたのかと、肉を大きく切り取って開通させてみた。
突き抜けた穴に、俺の電灯魔法じゃない光が射した。
朝焼けか夕暮れか……。
こちらとしては大して久しぶりでもない茜色に染まる空の下に…………驚いた顔でこちらを見つめる面々が――――数十。
下手したら数百。
こちらの不出来な穴とは違い、綺麗に切り取られた肉の陸地の上を、切り出したのであろう肉を蟻の如く運んでいる。
一人で扱うには大き過ぎるノコギリに、肉を傷めないようにするための布地。
石切り場も斯くやと言わんばかりの解体と運搬の現場に、異物よろしく飛び出した黒ローブに皆が警戒していた。
……………………なるほどね。
飛び出してきた俺の顔を見る一番手前の人は、驚きと警戒感で動けなくなっていた。
それでも、いざという時のためになのか独特な形状の刃物を前に突き出している。
ジリジリとした空気に押されるように……俺は熊に遭遇した人間のような反応でソッと顔を穴の中へと戻していった。
切り出したブロック状のお肉も嵌め込んで、『一仕事したぞ』と掻いてもない汗を拭ってから、振り返り叫ぶ。
「オジサーーーーーーン!! 外だ! 外に繫がったぞおおおおおおおおおおおおお?!!」
そんなバカな……とは思っていたが…………。
まさか本当にタイミング良く捕鯨されているとは……。
ごめんね? 希望的観測だなんて思っちゃって。
先程までとは違う、勢いのある足音を聞きながら――――面倒なことには為りませんようにと祈るに留めた。
胃の中に
……ほらあ? やっぱり珍しいことなんじゃん。
鯨の解体をしていた浜から小船を出して貰って、保護された胃の中組はセレスティア帝国のミトワーズという港町へと案内された。
身嗜みを整えるといった理由で、取り調べを後回しにされた女子達とは別行動となっている。
……「お風呂に入りたいわ」とか言っていたハーフツインがいたので、めっちゃ忖度されたことは間違いない。
ミトワーズの港は、一目にパーズ達の居た国の港でないことが分かった。
港というだけあって何処も似た感じになるのは否めないのだが……ここは随分と倉庫が目立つ波止場になっていて、機能性が全面に押し出されているように見えた。
特に市場などが開かれている様子もないので、雰囲気そのものも違う感じである。
お嬢様とポニテ騎士から遅れること数十分。
オジサングループに纏められた黒ローブは、帝国の港へと上陸を果たした。
…………これは、大丈夫な感じなのだろうか?
流されるままに保護されて、調書を取るからと小船に詰め込まれるまでは分からなくもなかったが……いや分からねえな?
完璧にお
いやまあ、直ぐにバレるってわけじゃないんだろうけど……。
しかし帝国という名にビクリとするぐらいには、思い当たりがある国なのだ。
指名手配をされていることを考えれば…………どうなんだろう?
捕まっちゃう?
でも他国における悪さなんて、早々別の国に伝わったりするものなのだろうか?
通信技術の発展具合って、実は未だによく分かってないものがある。
だからワンチャン、このままスルーされることだって――
「――おい。お前の番だぞ?」
「は? あ、すいません、聞いてませんでした? なんですか?」
ご飯かな?
小舟を着けたコンクリっぽい停船所から階段を一列に上がった先には、詰め所っぽい建物があった。
食事は勿論だが、保障や補給もしてくれるとのことで言われるがままに歩いてきたのだが……。
大型船しか停めるつもりがないような大きな港は、海からの警戒もあるのか内側にも至る防壁のせいで町の中が見えない。
本来は
この国のギルド的な場所なのかもしれない。
中では働いている人達でごった返していて……パーズの国のギルドとはまた違った意味で目を回しそうである。
それでも逸れるなんてミスを犯すわけがなく、特に意識せず前のオジサンの背中を追っ掛けていたのだが……。
そのせいか話を聞き逃してしまったらしい。
たぶん、「チキン、オア、ポーク?」みたいなことだ。
順番だとズレてくれたオジサンの向こう側には……受付けっぽいカウンターと、占いにでも使いそうな水晶玉が置いてあった。
……なにそれ? 異世界式ファミレスメニューかな?
疑問の答えは、水晶玉の向こうに座る職員っぽいオジサンが早々にくれた。
「こちら犯罪者を見分ける装置とでも思ってくれて構いません。指名手配にある犯罪者、逃亡奴隷、……あとは滅多にないのですが我が国のブラックリストに載っている人物などを判別します。まあ、通り一遍の手続きというだけですよ。念の為です」
「なるほど」
どうやら困難の先に見えた空は夕暮れだったらしく……窓から射していた日の光はゆっくりと消え――そろそろ夜が来ることを、俺に教えてくれていた。
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