第487話
なまじ剣が丈夫なせいか無事に掘り進めている。
業物というやつなのだろうか? 鯨の肉をブロック状に切り取っているというのに、刃毀れどころか切れ味が悪くなるということもなく――
「ほいよ」
「ほいさ」
流れ作業で肉の発掘……もとい掘削作業は上手くいっていた。
とはいえ、やはり肉を切り出す役が一番の重労働なのでそこは交代制を敷いている。
まずは切り役が肉を抱えやすいサイズのブロック状に切り出し、あとはバケツリレーの応用で残りの男共が外へと運ぶという脱出路作りである。
切り出した後の穴は、徐々に段差を付ける形で上へと伸ばし……即席の階段が外へと繋がるという手筈だ。
しかし鯨の規模が規模だけに、何処まで掘ればいいのやら……。
最初は『まだ生きているんじゃないか?』という疑念もあったせいか、肉を切り出すのもビクビクしながらの一苦労だった。
さすがに穴ともなれば鯨も己の変化に気付いて暴れ出すことは予想に容易く、作業の慎重さも仕方ないことだったと言えるだろう。
しかしそれも穴が五メートル、十メートルと伸びれば鯨の死亡説にも真実味が帯びてくる。
五十メートル、百メートルともなれば鯨の生死云々よりも作業の早さを優先するようになった。
距離が離れるにつれて、バケツリレーの方も、手渡し、投げ渡し、斜面を利用して転がす等と変化していき……。
体力の温存と効率を考えられた肉の掘削は、まさに作業と呼んでも差し支えないものになっただろう。
どれぐらい続けているのか……オジサン連中は汗だくで少し前から無言を貫いている。
体力の限界までやるとか前世を思わせる労働基準だなぁ……。
こまめに水を出していたのだが、最初の方には必ずあったお礼の言葉も……今や僅かな体力も惜しいと軽く頭を下げるだけである。
別にお貴族様に強制されているわけじゃなく、オジサン連中は自発的に穴を彫り続けていた。
何故休憩しないのかというと…………ぶっちゃけ分からない。
ただ『早く外に出たい』という想いはヒシヒシと感じられるので、この好機に手を休めることが出来ないのだろう。
……そりゃ暗闇に四日も居たらそうなるか。
俺なら気が狂って『いま脱いでもバレなくね?』とか考えて裸になっていたかもしれない。
暗闇ってのは人を狂わすねぇ……いや全く。
「おーい! 『ローブ』ぅ!」
「うえーい」
投げて……というか段差を転がってきたブロック肉をピラミッド状に積むという遊びをしていたら、穴から出てきたライターさんが俺を呼んだ。
『ローブ』は俺の呼び名である。
持ち出した道具のままにオジサン連中を呼んでいたら、意趣返しなのか「水魔法ローブ」と呼ばれ始めて……いまや『ローブ』しか原型が残っていない。
まあローブを着ているのが俺だけだから、分かりやすくていいんだけどね。
『裸ローブ』じゃなくて良かったと思うよ。
いやほんとに。
オジサン率が八割のグループにおいてオヤジ命名なんて……九割の確率で変な名前にしかならないのだから。
中学生グループが変なバンド名を付ける法則然り。
しかも今は近くに年頃の女の子もいるとあって、下手に変な名前を付けていたら衛兵さん案件だったことも確かな話だ。
その女の子が権力者だというのだからこそ冗談などではなく……。
……安全な渾名で済んで良かったよ、ほんと。
チョイチョイと手招きするライターさんに釣られて、持っていたブロック肉を適当に放る。
別に絶対にピラミッド状にするという必要性はなく、暇だったので作ったというだけの遊び心である。
そこらに置いたところで問題はない。
しかも入口付近の運び手は、今のところ代わる兆しも見られないというのだから余計だろう。
脱出路の中に距離が出来たせいか、入口付近の肉を外に運ぶ役が切り出し役の次に体力を使うので、俺が進んで引き受けていたための配置だからだ。
強化魔法を駆使すれば大して疲れることもないから問題もない。
強いて言うならお嬢様が登ろうとするのを止めるポニテの視線が険しいことぐらいか……。
でもごめん、ピラミッドってロマンなんだ。
ピラミッドを作った人の言葉に『媚びぬ』という有名なものがあるので俺は阿ることなく、『なんか用?』とばかりにライターさんへと近寄った。
「悪ぃ。どうも骨に当たったみたいでな? お前なら切れるんじゃないかと呼びに来たんだが……」
なるほど。
「試してみます」
「頼むわ」
軽く拝むような仕草の後、穴へと戻っていくライターさんに着いていく。
穴の中は等間隔に光魔法の灯りを掲げている。
ようやく少しばかり休憩が取れると、リレー役のオジサンがへたり込んでいる緩い階段を背景に奥まで歩いた。
……結構掘れたよな?
行き止まりから振り返れば、入口も小さな点である。
背骨か肋骨かは知らないが、骨に当たったということは折り返しぐらいには来ているのだろうか?
「ふう……おーい、ここだ、ここ。ここから硬いんだが……聞いてるか?」
「あ、聞いてます聞いてます、すいません」
行き止まりに剣を突き刺して大きく息を吐き出していたライターさんに、話は分かっているとばかりに頷いた。
切り出し役の多いライターさんも結構疲れている様子だ。
突き刺さっている剣を受け取って、どちらにせよそろそろ休憩が必要だろうと考えつつも押し込んだ。
確かな手応えの違いから『なるほど……こりゃ骨だな』なんて思いながら――
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