第479話
他のオジサン達に鉄板を温めて貰っている間、俺の方はライターさんと鯨の肉を掘る(?)ことにした。
「この布、よく燃えるなあ……」
コソッと火魔法で加勢してるからねえ……。
火を絶やさないようにと火の番をしている石ころさんの呟きに心の中でツッコミを入れながら、ライターさんの後についていく。
口に入れても問題なさそうな部位がある所まで案内して貰っているのだ。
……まあぶっちゃけ『踏んだり汚したりしてない』所の肉は何処ですか、って話なだけだけど。
なので焚き火をしている集団から離れて暗闇を歩いている。
随分と奥まで広がりを見せる陸地に、ちょっとした疑問が口を衝く。
「結構奥まであるんですね? なんで酸の海近くに陣取ってたんですか?」
危なくない?
それこそ落ちたら取り返しがつかないのだから、安全マージンを充分に取るためには奥地へと避難しているのが常道なんじゃ……。
いやお陰で俺は助かったんだけど。
俺の問い掛けに、光源代わりのライターを持ったライターさんが苦笑混じりに答えた。
「そりゃ何も無かったからな。食い物、船、燃料、……ついでに人か? 何か流れて来てくれねえとどうしようもなかったからよお……。魚の一匹でも溶ける前に回収出来りゃあ、まだ命を繋げるってもんだろ? そりゃ勿論、呑まれた最初の方はこっち側にいたが……」
そこでクイクイッ、とライターを動かして見せる様は、視界の狭さを察してくれと言っているようだった。
……そういえば、俺に気付いたのも見えたからじゃなく音でって話だったもんなぁ。
背に腹は代えられない状況だったのだろう。
幾分か歩いてピタリと足を止めたライターさん。
それに倣ってこちらも足を止める。
クルクルと円を描くライターが終点を指していた。
ライターさんが言う。
「ここらには来てねえと思うぞ。結構皆で歩き回ったからな、踏み荒らしてないとなると……」
まあ、そうなるよね。
ライターの火が照らしているのは壁だ。
胃の壁。
つまりここから焚き火をしている範囲が、ちょっとした出っ張りなんだろう。
「じゃあチャッチャと切り取って、お肉を持って帰りましょうか?」
持ってきた剣をチャキッと鳴らして前に出る。
確実に踏んでない所がいいので壁の肉を削ごう。
「おう……。あ〜……だが切り取れなかったとしても気にするなよ? 俺らは水だけで充分助かってるからな?」
気まずげに言い淀むライターさんの声からは『たぶん無理だろうなぁ……』という想いが滲んでいた。
そう……彼らが鯨の肉を食わなかったのには訳がある。
なんでもこの鯨、内部に頑丈な『膜』が張られているらしく、死んでからじゃないと解体が難しいというのだ。
その『膜』は、オジサン連中の持ち物にあった親指サイズのナイフはともかくとして、ポニテの持つ細剣や……なんとポニテの魔法ですら傷がつかなかったと聞いている。
どんな魔法かは分からなかったそうだが、響いてきた詠唱からその存在を知ったという。
ちゃんとした刃物でも魔法でも駄目となると……些か状況が絶望してくるのも仕方なかったわけで……。
そのうち会話も無くなったというのだから……あの有り様にも納得である。
なんとも素材となりそうな『膜』だったが、鯨が死ぬと途端にその
先に殺せ、というのが捕鯨の遣り方だそうだ。
頑丈な『膜』があるのに? と思ったのだが……『膜』は体の内部にしかなく、外部からの攻撃はちゃんと効くんだそうな……。
なんてマヌケな生き物なんだ……。
進化の過程で、内部からの攻撃の方が多かったということなんだろうか?
この巨体を思えば納得出来るけど……。
それだけに捕鯨を期待するのはどうかと思っている。
確かに凄い食料にはなりそうだが……この規模の鯨を狩るとなると何年……下手すれば何十年に一回とかなんじゃない?
そんな毎年……しかもオジサン達が食われている間に、たまたま鯨が狩られるなんてことがありますか?
……腹ごしらえが済んだら脱出方法も考えないとなあ。
「…………おい。やっぱり無理そうか?」
壁の肉を前にこれからの事を考えて佇んでいたら、勘違いしたライターさんからそう言われた。
「あ、すいません。まだ切ってないです」
「お、おぅ……なんだ? やっぱり尻込みしてんのか? たぶんこれだけデカけりゃ大丈夫だとは思うがな……下手に暴れられる方がなあ」
いやちょっと切り取ったぐらいじゃ暴れないデカさでしょ?
…………たぶん。
オジサンが変なこと言うからちょっと緊張してきたじゃん?! だ、大丈夫ですよね?
少し心配になりながらも幾分か勢いを落として肉の壁に剣を突き込んだ。
グググッ、と押す程に反発が強くなり――――剣が刺さることはなかった。
あ、すげぇ……本当に頑丈だ。
例の『膜』とやらが柔軟性も合わせ持っているのか、多少はめり込むのだが剣先が肉に刺さることはなかった。
これは強化魔法案件だろう。
少し構えて……今度は両強化を二倍にして挑戦した。
貫くつもりで力を入れて――――
「おおおッ?!」
ズブッという――肉に剣が突き込まれる音を聞いたライターさんが叫ぶ。
うわ、ほんとだ……膜がある。
計算外なのは、そのまま縦に切れ込みを入れようとして止まったことだろう。
肉の方の抵抗はそんなに高くなく……恐らくは親指サイズのナイフでも切れるんじゃないかというぐらいの柔らかさだった。
しかし問題は『膜』にある。
少しばかり動かしたりことで重みが加わった剣は、下手に耐久性が無かったら折れてしまうと言わんばかり。
しかもそれで少しばかり戻そうと切り返したら、切れ目を入れた部分の『膜』が繋がっていることに気付いた。
再生能力持ちとか何処のローブなんだい?
……こりゃ一気にいった方がいいな。
幸いにして剣の頑丈さは折り紙付きである。
両強化の三倍を持ってしても折れなかったことを思えば、こちらの動きにも適応してくれることだろう。
一度剣を抜いて――――両強化を三倍へと引き上げた。
膨れ上がった筋力のままに、今度は剣を根本まで刺し入れる。
斜めに差し込んだ剣先を頂点に、円を描くように肉の壁を斬った。
引き抜いた肉の形は円錐で、底の部分に当たる『膜』がまるで力を失ったかのようにパラリと剥がれ落ちる。
「どうだ?!」
先程とは打って変わって――期待に満ちたライターさんの声が響く。
どうって……。
「水と肉だけの歓迎会ですよ? 酒が欲しいに決まってるじゃないですか」
耳をつんざくようなライターさんの歓声が、鯨の胃の中を木霊した。
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