第478話


 お嬢様とポニテが二日、オジサン達が四日というのが呑まれてからの日付けらしい。


 ……四日って、よく生きてたなぁ。


 やはりこっちの世界の人間は前世の人間よりも頑丈なようだ。


 食べ物無しなら七日、水無しなら三日というのが前世の人間の通説なのだが……。


 更に大声まで出せるというのだから体力の時点で段違いである。


「むしろ何処まで持つのか見てみたいよ……」


「……なんか怖ぇこと言ってねえか?」


 漁師だというオジサン連中と車座になって現状確認中である。


 周りにお肉がいっぱいあるんだから、これを切り取って食べない? ――と提案したところ、『良きに計らえ好きにしたら?』的な言葉を頂いた。


 調理に参加すると言わないのが何とも貴族っぽい。


 ……というか『え? 食べられるの、これ?』といった反応だったから……最初から食料を調達するという意識が薄いのかもしれない。


 勿論、お嬢様の方の話である。


 これがポニテの方になると幾分か分かっている反応だったのだが……やはり護衛としての意識が強いのか、お嬢様の傍から離れない。


 …………いや、


 ある意味でそれは正しい選択かもしれない。


 『どうせ死ぬのなら……』と考えて悪事に走る人間ってのは、いるものだから。


 体力や武器、おまけに地位まであったからこその秩序……と言われれば否定するのも難しいのだ。


「ついでに言うとムサいもんなぁ」


「……もしかしてバカにしてんのか?」


 いや……漁師と海賊って紙一重かもなあって話だよ? バカにしてるわけじゃないさ。


 そんなわけで海賊に交じって捕鯨の密談をしている。


 海の事なら海の男に聞くのがベター。


 この鯨(?)の特性とか、現状の持ち物とか、ここまでの話とか……充分な水分を得たおかげなのかオジサン声のオジサン以外も話に加わってくれていた。


 車座の中心に寄せ集められたのは、無事だった資源である。


「鉄板、動物の皮、小さ過ぎるナイフ、……何これ? 石? が数個に……あと着火の魔道具ライターと…………調味料?」


 オジサンが目印として振り回していた光源は、どうやらこのライターのようだったが……。


 他の物資が絶望的過ぎる。


 『なんでこれなの?』って問い掛けたい。


 『無人島に一個持っていくなら』じゃないけど……もう少しマシな物を持って来れたでしょう……?


 一人につき一種類を持って船から逃げ出したそうだ。


 いや石て。


 これを持ち出したという男に、大きめの石漬物石?を掴みながら問い掛けた。


「沈みたかったのか?」


「し、仕方ねえだろ?! あん時は焦ってて……何でもいいから魔晶石を、って思ったんだよ!!」


「いやこれ石ころや」 


「知ってるよ! だから間違えたんだろ?! 掘り下げんなよ!!」


 これが魔晶石なら、まだ何か別の可能性があったものを……。


 他のオジサンもそう思っていたのか、俺の石ころイジりを止めることはなかった。


「じゃあ石ころさん」


「ルイスだよ! なんだ?!」


「これの活用方法を思い付きました。お手柄ですね?」


「喜べねえよ?!」


 なんでだ? フォローしたというのに……。


 ギャンギャンと騒ぐ石ころさんを放って、鉄板……というにはいびつな形なので、恐らくは溶け残った何らかの鉄素材なのであろう素材の四隅を、石ころを挟んで高くした。


 焼き台の完成である。


 石ころの大きさが不揃いだから、傾いてるのは勘弁な?


 この下で火を熾して鉄板を熱せばいけるんじゃね?


 他の物資――動物の皮と親指サイズのナイフと……何故かある少量の粉は使い道が思いつかなかった。


 オブラートに包んで調味料と呼んだ粉だが…………うん。


 量がね? 量が少ないから……少ないからお肉には掛けないでおこうと思う。


 ついでとばかりに、指先に乗る分量で差し出された粉をフッと息を吹き掛けて飛ばしたおいた。


「ああバカ?! それめちゃくちゃ高級な調味料なんだぞ!」


「ええ?! 早く言ってくださいよ! てっきり危ない粉なのかと……」


 ……おい、なんで目を逸らした?


 沈黙する調味料を持ち出した男に、仕方なしと言葉を繋げる。


「…………まあ、そんな高級な調味料で食べ物に差がついたら面倒でしょ? ちょっとしかないんだし……。ね? 薬物さん」


「ちがっ?! ほんとに高級な調味料なんだよ……!!」


 ならこっち向いて否定しろよ、そんな小さな声で叫ぶなんて芸当披露せずにさあ。


 なるほどなぁ……。


 やっぱり紙一重でいいのかもしれない。


 取り成すようにオジサン声のオジサンが話し掛けてくる。


「それで? 確かにこれで焼き台にはなるんだろうが……まだ肉と燃料の問題があるぞ」


「大丈夫ですよライターさん」


「誰がライターだ。……着火の魔道具はあくまで『火付け』の道具だぞ。火を熾したいんなら燃料は絶対に必要だからな?」


 『燃やす物が無い』と暗に言ってくるライターさんに、俺は得意気にローブの袖を肩口から破いて差し出した。


 しかしライターさんの表情は晴れない。


「…………いや、そこまでは俺らも考えたけどよ……でも、なんつーか……ほら? お貴族様の前でな? ……分かんだろ?」


「なるほど。汚い物を晒して手打ちにされる事を危惧してるんですね?」


「お前は別みたいな言い方すんじゃねえよ。だがまあ……そうだよ。お貴族様の前で裸になるだけでも充分な理由になるのに……状況が状況だからな。下手な勘違いで命を縮めたくはねえだろ?」


 例の『襲う襲われる問題』のことだろう。


 このオジサン、ちゃんと理解してたんだなぁ……それだけにフラストレーションも高かったのかもしれない。


 服を燃やして燃料にするというのは、何も名案というわけではない。


 割と誰でも思い付くだろう。


 しかしまあ……異性の目があるとなれば色々と問題も出てくる。


 ぶっちゃけ俺も必要が無いならやらない。


 このオジサン達が未だに服を着ている理由も同じようなものだろう。


 ちゃんとした燃料にするのなら、切れ端などでなく全員分の衣服が必要な筈だ。


 それも獲物があってのことで……未だに鯨の肉を取ってないというのだから命拾いしたと思う。


 その理由というのも聞いたけど。


 まあ……――問題ないな。


 フードを被っていることで、ローブの効果が正しく発動した。


 手に持っているローブの切れ端はそのままに、ローブの破れた部分が再生する。


「うおおッ?! なんだそれ?!!」


 オジサン連中がどよめく。


「これ、いくらでも布が再生するんですよ。だから肩口から切り取って燃料にしましょう」


 これで無限に布が得られるというのだから、いいお金儲けになりそうである。


 ただし普通の魔法使いの魔力量なら一回の『再生』でも厳しい筈だ。


 幾度となくローブの修復効果に頼っているので、コストの方も朧げながらに理解している。


 穴を塞いだり、切れた部分を繋げるだけなら、使う魔力量は風の刃一発分ってところだ。


 それでも攻撃魔法一発分。


 さらに再生ともなると両強化の二倍ぐらいの魔力を食うので……普通の魔法使いの魔力量を知った今となっては空恐ろしい量だと分かる。


 それを只の布に使うっていうのは……なんというか『どうだ明るくなったろう』的な愚かさを感じる。


 商売としては微妙なんだろうなぁ……。


 一先ず今は燃料として使えるので、驚くオジサン連中の前にポイポイとローブを千切っては切れ端を積んでいった。


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