第477話
「美味ぇ……美味ぇ……」
「ぐっ……良かった……最後に水が飲めたらって思ってたんだ……」
大口を開けてグビリグビリと水を飲み干しているのはオジサン連中だ。
半泣きで口を突き出している様を見たら……そりゃ上流階級なんて場所で生きるご令嬢方々には真似なんて出来ないだろう。
うん……無理だよね。
掴めないのに水球に掴み掛かっては、結局は首を突き出してズズズズッと水を吸うのだ。
年頃の少女には生き死によりも羞恥が勝つ光景かもしれない。
やれと言われてやれるのならお嬢様なんて呼ばれてないだろう。
なので解決策。
「ふぅ……だいぶ潤ったぞ。礼を言おう」
未だに立ったまま見下ろしてくるポニテが、幾分か柔らかくなった視線でそう言ってきた。
「あ、いえ……全然大したことないです」
人心地ついたお陰か対応が少し丸くなっている。
「いや、手間を掛けただろう? 制御が難しいと言っていたではないか。水球を小さくするのは一苦労だった筈だ」
そう、生み出す水球を小さくしたのだ。
一口サイズの水球である。
これなら『吸う』というよりか『食べる』といった形になるからいいだろう。
ちなみに一つ一つに掛かる魔力の量は同じという……なんとも
もしかするとポニテも魔法を使えるのか、掛けられる言葉には配慮が見えた。
いや、まあ……口元に浮かべた水球をパクリと口に納めるポニテはともかくとして……。
「もう少し飲みたいわ」
「はい」
問題はこっちだろう。
顔周りから水球の無くなったお嬢様が声を掛けてきた。
そして小さく口を開けて――
そこに俺が生み出した指先サイズの水球を投げ入れていく。
これがお嬢様流の水分摂取だ。
お嬢様は水球を食べるということもなく……かといって吸い付くなんて『とんでもない!』とばかりに、口の中に水球を投げ入れられることを要求してきた。
こちらとしては全然いいのだが……。
『あーん』と口を開く小生意気な面を眺めていると、どうにも餌付けをしているようにしか思えないんだけど……。
……これは『はしたない』には入らないのだろうか?
しばらくお嬢様の水飲みを眺めていたら、『もう充分』とばかりに口を閉じたので残りの水球を酸の海へと投げ捨てた。
勿体無い?! と見てくるオジサン達には悪いけど、俺の魔法は自分で消したり出来ないのだから仕方ない。
その威力を発揮するか、自然に消えるのを待つかぐらいしか消す方法がないのだ。
魔法で出した蔓なんて切られても残ってたりするし……。
不思議だよね?
しかし反応を返せるぐらいには元気にはなったようである。
というか水ならいくらでも出せるから……。
追加で水球を出してやれば、恥ずかしそうな笑みを浮かべるオジサン連中。
誤魔化し笑いなのだろうが、先刻まで浮かべていた引き攣り笑いよりはマシだろう。
水を得たということで生存への希望が僅かながら見えてきた柔らかい雰囲気の中――やっぱりというか何というか……空気が読めないっぽいお嬢様が爆弾を落とす。
「ねえ、貴方――――食べ物は持ってないの?」
ピシリ、と空気に罅が入ったような幻聴が聞こえてきたんだが……?
俺の出した水を飲み干す音じゃない『ゴクリ』音も響いてくる。
野卑なオジサン連中が、野卑な視線を向けてきやがる……。
そんなに見つめられてもローブの下には何も無いよ?
比喩じゃなく。
絵的にヤバい展開になる前に否定しておこう。
「持っておりません」
「……本当かしら? そのローブの下に隠してるんじゃないの?」
おいツンデレ女。
「このローブの下は裸なので、確認されたところでお嬢様に於かれましては只々不快な想いをされるだけかと……」
「…………なんで裸なの?」
「自分、貧乏でして……」
金針三本の借金があるんすよ。
出稼ぎに出兵したというのに金が減るというのだから、『これ
怪しげな男がローブの下は真っ裸だと告白しているのに、視線の温度を下げるだけのお嬢様。
……やや顔を赤らめているポニテと比較すると、乙女度より貴族度の方が高いのかもしれない。
溜め息を吐き出すだけで、どうということもないとばかりに会話を続けてくる。
「まあ、信じてあげなくもないけど……。そのローブは魔道具よね?」
「ご明察であります」
「ふふん! まあね? 私ぐらいの眼力にもなれば、一目で分かるのよ!」
得意気に無い胸を反らすハーフツイン。
一目に黒い靄が掛かってますもんね? むしろ魔道具だと思わない方がどうかしてるでしょ――――とは言うまい。
少し話した感触で物を言うのもなんだけど…………このお嬢様、アレだな。
――チョロくね?
そのチョロ嬢が、褒められたのをいいことにズバリと告げてくる。
「食べ物が出てくる魔道具でしょ? 違う?」
当たらずとも遠からずといったところなのが、またなんとも……。
満面の笑顔が可愛らしい。
今そのデレいらないから。
恐らくは自分の願望を反映させているだけだとは思うのだが……もう見る目があるのかどうかは分からん。
しかしお嬢様の言葉に『もしかして……』と期待を寄せてくる他の面々は、色々と限界が来てるんだと思う。
普通に信じないだろぉ……だってアイテムボックス的な魔法も魔道具も世間には無いという話だったし。
たとえ大正解を貫いていたとしても!
……悪いけどローブの中には何も入れてないんだよねぇ。
……早いところ否定しとくかぁ。
「違います。これは……このローブから一定の範囲に明かりを供給出来るという魔道具です」
「ああ、この灯りは魔道具の効果だったのね? てっきり魔法なのかと思ったわ」
おっと。
ふと何かに思い至った表情のポニテが――言葉を発する前に告げた。
「しかしながら食べ物なら自分に策がございます」
「本当?! やっぱり何か持ってるのね!」
いや持ってねえよ、ほじくり返すんじゃねえよ。
あるでしょ? 食べ物なら。
周りにいっぱい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます