第476話
ここで揉めても良いことなんてないだろう? という
パッと照らし出された闇の向こうには、予想に違わぬご令嬢が座っていた。
金髪……に薄く桃色掛かった髪をハーフツインに纏めた少女だ。
紺のスカートはハイウエストに巻かれ、白いブラウスが涼しげである。
配色や服装が、どっかの七剣ご令嬢と似ているのは……もしや上流階級での流行り廃りに該当するのかもしれない。
正直、セレブな方々が普段どういう生活をしているとか知らんから分からんけど。
青い瞳まで似ているのだから、もしかして貴族様のスタンダードは青眼なのかもしれない。
ツンとした表情は居丈高を思わせ……ともすれば想像している貴族のご令嬢にピタリといったところ。
しかも一目に可愛いと思える容姿は、しかしかの七剣セレブには及ばず……そこがまた想像通りと言えば想像通り。
想像の範疇……。
「……なに?」
「いえ何も」
キッ、と向けられた視線には四十年を越える歳月で培った受け流し目を披露。
視線のベクトルを明後日に流してほとぼりが冷めるのを待つ。
勘がいい娘のようだ……嫌いじゃない。
いや……綺麗系より可愛い系ですね? って言いたかってん……ホンマホンマ。
まあ天使には及ばんけどな?
「……いつまで私を見下ろしている気? 姿を露わにしている以上、それ相応の礼儀を示しなさい」
「御意」
スッ、と両膝を着いて正座した。
あまりにも唐突に動いたせいか隣りに立っていたポニテが剣を掴んだ程だ。
なんでだよ。
「あ――」
こちらが早々に膝を着くと、一瞬だけ表情に戸惑いを混じらせる『お嬢様』。
なんだよ……言われた通りにしてるぞ?
別に反抗したいわけでもないので、直接目を合わせないでおこうと……仕方なしに剥き出しの細い足に焦点を合わせる。
仕方なくだよ? 仕方なく。
七剣公爵令嬢とは違い、スカートの丈は膝より上という……この世界にあっては中々攻めたファッションのようで……。
敷物代わりに敷かれた白いシーツのような所に腰を降ろしている。
キッチリと揃えられた足は鉄壁のガードを思わせた……。
…………というか。
「おい、何処を見ている?」
足だよ足、見て分かんない?
「はい。失礼にならないようにと目を閉じております」
嘘じゃないよ? 今ね、今閉じたから。
降ってきたポニテの声が幾分か低く感じたので無抵抗を示した。
見てない……見てないよ? お嬢様がスカートの裾を引っ張っていたから勘違いしたのかもしれないけど……こちらに悪意は無かったと言っておこう!
…………まあ、下心を思わせるより早く――痛々しさの方を感じたから、本当にそういうんじゃないけど。
お嬢様の下に敷かれているシーツの所々は解れていたし、なんなら体の端々にある軽い火傷の方が気になったよ。
更には素足に裸足というのが、ここまでの過酷さを物語っていた。
そんな状態でも見栄を張るっていうんだから…………貴族ってのも大変だなぁ。
――若干震えているのを勘付かれないようにとスカートを引く様もね?
たとえ貴族であろうとも、こんな状況じゃ不安にもなるだろう……。
だって一緒にいるのが野卑に見えるオジサン連中だもの。
我が身の危うさ等は女だからこそ余計に感じていたんじゃなかろうか?
……そう思えば、そのツンも理解出来なくもない。
いや……。
安心していいよ、そもそも俺はツンデレ理解派だからね!
「……フン! 私の足を舐め回さんばかりに見てた癖に……厭らしい」
なんだとこのクソ女?!
高性能に強化された聴覚がボソリと呟かれた一言を拾った。
それでもポニテに聞こえないように言っているのは、空気を読んだ結果なのかもしれない。
しかしジッと見下ろしているであろうポニテの視線に耐え兼ねて、早々に話題を変えるべく水魔法を発動した。
ほら……怖くない?
…………ね? 怖くないでしょ? たんとお飲み?
瞳を閉じていても魔法の成功と、宙に浮かぶ水球の感覚は捉えられている。
しかし水を飲むような音は…………いつまで経っても聞こえてこない。
……なに? 別に毒とか入ってないけど? ていうか魔法で出した水に毒とか入れられるの?
何してんの? 早く飲めよ、とばかりに恐る恐る目を開けたら――――
目の前に浮かぶ水球に困惑した表情のポニテが居た。
視線をズラすと、『私、不機嫌なんだけど?』と言わんばかりのお嬢様もだ。
……何よ? 量に不満かな?
もしくはプロフェッショナルなら見極められるという、硬水軟水問題だろうか?
ぶっちゃけ魔力で出した水だよ、そのへんの差とか分かんないんだが……。
どうしたものかと……比較的我儘は言わない方に見えるポニテに視線を合わせていたら――困惑した表情のまま話し掛けられた。
「これは…………どう飲んだらいいんだ?」
…………はい?
感染したように困惑が伝染った俺に、お嬢様の方からも追い打ちが掛かる。
「……ねえ? このままじゃ飲めないわ。……コップとか持ってないの?」
……んん?
どう、って……――
ふと逸らした視線の先にいるオジサン連中は、一息つけたからなのか困ったような笑いを浮かべていた。
…………いや、齧り付けよ。
サバイバルにマナーなんてねえからな。
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