第475話


 絶対めんどくさいやん、めっちゃめんどくさいヤツやん。


 どうしてこうなった?


 眠気に負けたからだよ。


「おい、聞こえてるのか? ……如何にもな格好のお前。魔法持ちだろう? 出せる水量には限界がある筈だ。早く我らの分も融通しろ」


 上から物を言ってくるポニーテール姿の女騎士に……なんでかぶとは無いの? って問い掛けたい。


 灯りに照らされる女騎士の姿は、流麗で磨かれた鎧で身を包み、露出した頭部からは薄桃色のポニーテールが踊っていた。


 腰に吊るされた剣帯には俺が持っているような細身のロングソードが収まり、髪と同じ色の瞳には警戒心が浮かんでいる。


 剣を抜いていないということは……あちらも事を荒立てたいわけじゃなさそうなのだが……。


 しかし必要以上には近付かず――それでいて瞬時に間合いを詰められる距離に立っていることが、油断の無さを思わせた。


 魔法持ちなら必殺の間合いだろう。


 なので大人しく答える。


「あ、はい。……ただ自分、未熟なもので……浮かべた水球を上手く操作出来ないのですが……」


 コップとか持ってる?


 もしくは水袋でも可。


 俺からの答えに訝しげな表情になる女騎士。


「なんだと? ……生み出した水を少し動かすだけだぞ?」


「動かすのは問題無いんです。ただ止められないだけで……。ぶつけてしまっても構わないって言うんなら……」


 お望み通り、美女がビショビショとやってやろう。


「いいわけあるか」


 ですよね。


「じゃあ騎士様の前に水球を浮かべるので――」


「私ではない。……いや、私だけではない……が、正確か……。む…………」


 視線を切らさないままに、何かを悩むように沈黙する女騎士。


 …………騎士だよね?


 これで冒険者とでもなったら敬語損だよ。


「シェーナ」


 どうしたものかと沈黙をもって対峙していた両者に、水を浴びせるが如く――少女を思わせる高い声が割って入った。


 ポニテ騎士が反応する。


「お嬢様」


 お嬢様と来た。


「構わないわ」


 俺が構うよね。


「……畏まりました」


 何も良くない。


 短い遣り取りだったが、どちらが主従なのかはハッキリと分かった。


 既にポニテが偉い人っぽいのは、水を飲んでいたオジサン達の反応からしても明らかだった。


 『ヤッベ、忘れてた』とばかりに喉を動かすのを止めれば、そりゃどういう上下関係なのか分かるというもの。


 仕事中なのに別窓を開いていた後輩君のような反応だった。


 そのポニテが『畏まる』というのだから……――お嬢様とやらの身分は火を見るよりも明らかだろう。


 ……どうしよう?


 …………両強化を三倍にしたら胃酸の海でも泳ぎ切れたりしないかなぁ?


 現実逃避気味に『ほんとだ、女の子との出逢いって必ずしも幸福じゃないや』と、とある不幸少年のように『不幸やわー……』と心の中で叫んでみれば、対峙していたポニテの視線に含まれていた警戒色が強まった。


 心を読まれたわけではないと思いたい。


「おい、お前。こっちに来い」


「あ、いや、全然! 俺なんかここらがお似合いで……」


「何の話をしている? そこからだとお嬢様の前に水を生めないだろうと言っている。少し前に……私の近くまで来い」


 ……そうなの?


 自分の魔法に変な制限があるのは分かっていたので、その言葉に素直に頷いた。


 世にある魔法とはまた似て非なる俺の魔法だが、ここから暗闇までが数歩……お嬢様とやらが更に奥に居ることも分かっていたので、水を生む射程圏内にないと他人に言われれば『そうなのかも……?』と頷かざるを得ないのが心情だ。


 ペタペタと鯨の肉を踏みながら女騎士に近付く。


 すると抜き身の剣を見咎めたように女騎士が言う。


「……おい。その剣は鞘にしまっておけないのか?」


「え? ……ああ、えっと…………鞘は、あの……ふ、船の中に……」


 『溶けてしまった』という体のいい言い訳を含ませた言い分に、女騎士が『……それなら仕方ないか』と初めて厳しい表情を仕舞って、歳相応の何とも悩ましげな顔をする。


「……だとしたら置いておけ。下手な疑いは掛けられたくないだろう?」


「はい、ご尤もで!」


「…………随分とあっさり離しすぎだ。お前は本当に魔法持ちか?」


 ポニテが言い終える前に武器を捨てた俺に、何とも情けない表情を浮かべている。


 こっちは忠告通りにしただけなんですが……。


 たぶん『……こんなの警戒してもしょうがないんじゃないか?』とか思ってんだろうなあ。


 これまでも敵対する殆どの奴に『素人くさい』だの『隙が多い』だの言われてきたから、ぶっちゃけ慣れたよね?


 剣を足元に置くと、そのまま更に数歩……。


 近くで見た女騎士は、やはり上流階級出身なのか……僅かに香水染みた匂いがした。


 この状況でもまだ香水というのは……いや、うん、まあ……色々あるかもしれないしね?


 深く踏み込まないでおこう。


「よし、止まれ。そこからならどうだ? お嬢様はそこから……大股五歩ぐらいの位置にいる。……少し遠いか?」


 ……そうなの? これでも魔法って生み出すのに『遠い』位置に入るの?


 かつて火柱の魔法をこれよりも遠い距離で発現させたことがあるんだが……。


 海中では出なかった竜巻の魔法を思えば頷いておいた方がいいのかもしれない。


「そう、ですね……? たぶん、遠いかと……やってみましょうか?」


「いや、それで水が届かずに魔力を無駄にするわけにもいかないだろう? もう少し――」


「――ねえ? その前に私の周りも明るくしてくれない?」


 『もう面倒だからお嬢様とやらが動けよ』と封建制度の様式美に不満を抱いていたら、お嬢様の方から声を掛けてきた。


 しかしそれは「いいえ大丈夫です。私の方から足を運びましょう」という気遣いの言葉ではなく……どちらかと言えば――


「――ていうか、言われる前にやってくれない? 気付くでしょ、普通?」


 あ、いかん。


 テンプレ貴族に遭遇したぞ。


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