第474話


 遡ってオジサンの言葉を考えてみれば……気付けるような台詞が一つ二つ……三つ四つ。


 だいぶ精神がキているように思える。


 それは灯りに照らし出された見た目からしてもそうだろう。


「オジサン……大丈夫か?」


 思わず口を衝いた言葉に、オジサンは光に目が慣れないのか目を擦りながら引き笑い。


「あ? だから大丈夫だって! お貴族様が助かるって言うんだから助かるに決まってるだろ? お前もヤケにだけはなんなよ?」


 あ、全然大丈夫じゃなさそうな印象を受けました。


 こりゃ相当キてんな。


 特に魔法に対する反応が……。


 船の方で使った電灯魔法は、距離もあったことからランプでも言い訳が利いたのかもしれないが……この距離での魔法を見た反応にしては違和感がある。


 この騒がしいオジサンだからこそ余計にだろう。


 ふと振り返れば……広がるのは胃酸の海だった。


 よくよく色付けて見ると、僅かに薄緑にも思える海に、ピンクの大地……。


 めちゃくちゃ巨大生物の胃の中っぽい。


 見事に沈んでしまった溶け掛けの俺の船まで見えるのだから間違いない。


 しかしそれ以外は皆無だ。


 見渡す限り……というか僅かな灯りでは見渡せない胃酸の海に、少しばっかり胃壁から出っ張った足元にあるピンクの陸地。


 それだけ。


 何処ぞに扉があるわけでもなく、飛び移って肉体の迷路へと誘う他の陸地があるわけでもなく……。


 歯の間に挟まった食い残しな状況。


 ワシら、消化手前ですやん……。


 それでもあのまま横になっていたら早々に溶けていた可能性を考えると…………いや流石に起きたよね?


 溶かされながらも寝言かますなんてことは無いよね?


 しかしながら想像の中の俺は幸せそうに溶けて――また何処ぞに転生して騒いでるまでがワンセット。


 …………ま、まあ? 助かったんだから一先ずそこは置いといて?


 ともすると命の恩人なオジサンなのだが……。


「次だな。次は救助の奴かもしれん。回遊してるならそろそろの筈だ。現に小舟に乗ってる奴が食われたんなら……」


 ブツブツと何事かを呟いている。


 かなりヤバい。


 しかしそれも体育座りで顔も上げない他の人よりはマシなのだろう。


 灯りには気付いてるだろうに……『現実を見たくない』とばかりにダンマリだ。


 それか極力体力を使わないようにしているのか……。


 どちらにせよギリギリ。


 ……………………しょうがないなぁ。


「オジサン、とりあえず水飲む?」


「水? なんでえ、水筒でも持ってんのか……」


 言葉の軽さの割に、目をギラギラとさせて俺の体のアチコチへと視線を飛ばすオジサン。


 もうどう見ても山賊ですありがとうございました。


 割と切羽詰まってそうなので、早々に片手を上げて魔法を創造する。


 魔力を練り上げて発動した水魔法で生み出したのは、握り拳ぐらいの水球。


 しかも複数である。


「お…………おおおおおおおお?!」


 水があるという事実に頭が追い付いておらず、一瞬どころか数秒の溜めを作ったオジサンが喜びに声を上げる。


 猛然と突進して水球に齧りつき――


「グホッ、ゲッホ! ガハ、ゴホ!」


 無事に噎せ返っている。


「落ち着いて、大丈夫。水はまだ出せるから」


 再びの水魔法で数を増やした水球に、オジサンは瞳に安堵の色を浮かべる。


「す、すまねえ! 恩に着る! ……てっきり水を無駄にしちまったのかと。――――ああ、うめえ……。おい皆! 水だぞ、水?!」


「み、水……? ほんとか……?」


 まず顔を上げたのは、近くに座っていたオジサンと似たような格好のオジサンだった。


 恐らくは一緒に漁をしていて飲み込まれたお仲間なのだろう。


 とりあえず俺以外の呼吸音はオジサンを含めて八つ。


 電灯魔法が照らす範囲に見えるのは、これまたオジサンを含めて六人である。


 ……呼吸してない誰かがいるかも分からんが、生きている奴は一先ず返事が出来るぐらいの体力があるらしい。


「本当ですよ。とりあえず一つ――」


 のっそりと顔を上げた一人に、水球を操作して水を提供――――しようとして顔にぶつけてしまった。


 …………あ、これ水球は飛ばせるっぽいけど、ブレーキは出来ない仕様みたいだなぁ。


「お……おぉ……み、水だ」


 しかしそれでも喜ぶというのだから……この人達がどれだけ渇いていたのかが分かる。


 また自分の魔法の融通の利かなさについても、だ。


 ……あれえ? チャノスが覚えた初級の水魔法は、動かしたり止めたりぐらいは出来てたんだけどなあ……。


 攻撃性の無い水魔法に残念がると共に、初めて成功した水魔法に興奮していたチャノスを覚えてる。


 宙に浮いた水が左右に動くだけでも充分魔法だろ、って当時は思ったのだから間違いない。


 ……ま、まあ、大丈夫だよ……まだ打開が効くから!


 そんなわけで、座り込むオジサン五人の前に水魔法を発動。


 動かさない方針で水を提供だ。


 ポコポコと生み出される水球にヨロヨロとオジサン一同が顔を上げる。


 ……生み出すのは手元じゃなくても出来るんだね?


「の、飲んでもいいのか?」


「……え? ああ、もうどうぞどうぞ。いくらでもおかわり出来ますんで」


 微妙に使い勝手の悪い魔法に辟易としていると、行儀良く待っていたオジサンの一人に問い掛けられた。


 魔力消費が軽過ぎて百回使ったところで微々たるもんだよ。


 まだ両強化魔法の方が魔力を食う。


「じゃ、じゃあ……悪いな? ありがとう……ありがとう……!」


 お、おう……そんなに感謝されると逆に悪い気がしてくるよ。


 カシャ――


 そんな金属音と共に、呼吸音の一つが近付いてくる。


「おい、貴様。にも水を提供しろ」


 そんな台詞と共に……暗がりから電灯魔法が照らす範囲に、光を反射する金属製の鎧を着た――――ポニーテールの女騎士が現れた。


 どうしよう……俺、ポニーテール恐怖症なんだけれども?


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