第472話
「――い! おぉ――?! 生きて――ー? ――てたら――しやがれー!!」
……なんだよ、うるせえなぁ……まさかまたテッドじゃねえだろうな?
朝食後に来られるのも迷惑だが、だからって日が昇る前に「親父と喧嘩してきた」って来られるのも迷惑なんだよ、分かる?
起こされて不愉快な気持ちとは裏腹に、しっかりとした睡眠は心地良い倦怠感を体に与えてくれていた。
のそのそと体を起こして、目をこすりこすり。
一向に晴れない視界に首を傾げ掛けて――ようやく気付いた。
そういえばリアル逃走中でした。
…………ここ何処ぉ? なんか真っ暗なんですけど……?
朧げながらに思い出した記憶じゃ……眠りにつく前の状況というのは、月明かりが照らす海原だった筈だ。
しかし体を起こした先には闇しか見られず、ともすれば目でも瞑っているんじゃないかと勘違いしそうな景色である。
思わず空を見上げても黒。
記憶にある風の流れもなく――下手すれば密閉空間と言われても納得出来そうな有り様で……。
「おおーい?! 死んでんのか? 生きてんのか? ハッキリしやがれー!!」
しかも人に見つかってるという事態。
コソコソと自国まで帰るという計画が水泡に帰してしまった……。
それもこれも睡魔のせいである。
……『魔』って付いてんだから、これも魔物の攻撃だったんだよ……きっと……うん。
しかしプラスに考えれば――魔力を回復出来たというわけだ……いや、ね? 悪いことばかりじゃないさ。
下手しなくとも海の藻屑と消えていた可能性も、ここに至りゼロなんだからラッキーラッキー。
一先ずは聞こえてくる声に対応しよう。
「テメー、ちゃんと聞こえてんのか?! 生きてるかどうかを訊いてんだ、ブッ殺すぞ!」
それはどのみち死にますやん……。
なんか随分と物騒な事を言う奴に見つかっているようだ。
まあ、まずはともあれ灯りだな。
はい、光あれ。
唱えることなく発動した光魔法が、電灯の如く周囲を照らす。
どうやら寝た時の状態と変わりはないようで、片手に持った細身のロングソードと身に着けた黒いローブはそのままだった。
未だに小舟に乗ってることも然り。
とすると……船ごと
「うお?! 本当に居たよ……。しかもすげぇ怪しいのが。……お前、幽霊とかじゃないよな?」
「似たようなもんです」
「マジかよ……。俺、幽霊見たの初めてなんだが?」
背中越しに聞こえてくる声と会話をしている。
振り返って見れば……随分と小さな灯りが見えた。
闇にあって針でつついた穴のような灯りだ。
距離があるとかではなく、単純に光源が小さいのだろう。
「おーい、幽霊! こっちだ、こっち! 生きてんなら急いで来い!」
掛けられる声からは余り距離を感じないので、たぶん間違いない。
……まあ、このオジサン声がデカいだけって可能性もあるけど。
…………それにしても無茶苦茶な内容だな。
誘導するように小さな光源をグルグルと回し始めたオジサン声に、俺はキッパリとした返事を返した。
「断ります!」
「なんでだよ?!」
……いや、こっちも諸々の事情があるというか何というか……。
「暗闇の中でムサいオッサンの声に近付くとか罰ゲームに近いので! 遠慮させて貰いますね? ハニトラだとしても妙齢の女性の声で呼び掛けるべきでしょう?!」
「お前の頭がイカれてることしか分からん! いいから来いって! そこで溶けてえのか?!」
何を訳の分からんことを……やれやれ。
とりあえず関わらないように反対側へ向かおうしたところで――――船体がグラリと揺れた。
思わずしがみついた船の縁から下を見れば、チャポチャポと海水が船底へと当たる水音を目に出来た。
……未だ海の上なのか?
灯りが照らす海面に、どうやらまだ自分が海に居るようだと把握。
だとすると今の揺れは……大波?
にしては傾きかたが尋常じゃ…………。
ふと船内を眺めれば、船の舳先が海面へと浸かっているのが見えた。
侵食してきた海水がシュワシュワと音を立てながら足元へと伸びてくる。
…………シュワシュワ?
海水の魔の手から逃れるように無事なエリアへと身を引いていると、灯りに照らされた海水が炭酸のような泡を吐きながら木材を溶かしているのが見えた。
俺は即座に身も手の平も裏返して叫ぶ。
「前言撤回で! すいません! なんか船が溶け掛かってるんですが?! そっち行ってもいいですか?!」
なんだこれ?! どういう状況?!
「だから言ってるじゃねえか! 早く来い! まだ足場が残ってるうちになあ! 飛べるか?!」
「たぶん!」
「ここだ、ここ! 失敗したら死ぬだろうが頑張れ! 悪いが骨も拾えん! というか残らん!」
だからどういう状況なの?!
再び小さな光源が『目印にしろ』と言わんばかりに回りだす。
しかしシュワシュワと音を立てる海水は待ってくれる様子がなく、即座に両強化を二倍へと引き上げた。
シュワシュワがより近くなってきた。
「飛びます!」
「おう! ――来るぞ! 場所を空けてやってくれ!」
強化した感覚が、闇の中にオジサン声以外の複数の気配を捉えるが……。
今はそんなことを気にしている場合ではない。
もはや小舟とは呼べない木片へと変わりつつある残骸を足場に、小さな光源へと向かって飛んだ。
残ってしまった電灯魔法が今まで乗ってきた小舟が炭酸の海へと消える様を映している。
僅かに掛かった飛沫がローブの端っこを溶かす。
なにこれぇー?!
ドン、と着地音を響かせたことから……どうやら陸地のような何かがあることは分かった。
しかしなんだ…………柔らかい?
もしかしたら軟着陸用にマットでも敷いてくれたのか?
「おお、良かったじゃねえか! 割と本気で危なかったぞ? どっか溶けてたりはしてねえな?」
「あ、はい。すいません、助かりました。ありがとうございます」
足場の柔らかさを確かめるように踏み踏みと地面を踏んでいたら、オジサン声が随分と近くから聞こえてきたので頭を下げた。
…………それで?
本当にこれ、どういう状況?
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