第469話


 上から降ってきた剣の圧力に抗しきれず、足場としていた木片が砕けて海に没する。


 真正面から受け止めているわけでもないのに、受けさせて足場を壊すあたり経験の差が如実に出ていた。


 ――――と、同時に……向こうも己の方が幾分か力で劣ることを理解しているようだった。


 正面から斬り伏せてこない事がいい証拠だろう。


 先程の一合と違い、『斬る』という意識が低い反面、『押す』ことに重きを置いた攻撃――


 厄介だ。


 純粋な力勝負に出てくれた方が、こちらとしては決着が早く着けれるというのに……!


 向こうはこちらを腹積もりなのだろう。


 海中に没した俺が、浮き上がって来ないように海上で見張る赤髪もそうだが――


 ――続くように海中に落ちてきたウェットスーツの奴らが、俺の予想を肯定している。


 例の注射を射った奴らだ。


 こいつらも――両強化の三倍で止まったように感じる時間軸へとその身を捩じ込んできた。


 もはや身体能力に差は無いとばかりに足を繰り出して海中を泳いでいる。


 ――――それでもなあ!


 海底を蹴立てて群れから突出していたウェットスーツの一人に接近すると、逆手に持ったナイフからの一撃を躱して腹を殴り付けた。


 ――――まだこちらの方が上なんだよ!


 辺りを覆う海水ごとブッ飛ばして、また一つ水柱を立てる。


 味方が派手に散ったというのに騒ぐことなく俺を包囲する他のウェットスーツ共。


 どうやら動揺は買えないようだ。


 この隙に海中を脱したかったのだが、影のように付き纏う海上の赤色に断念した。


 ぐっ?! 付かず離れずの距離を……!


 鬱陶しいのは上司だけではないようで……その部下となるウェットスーツ共も俺を逃さないことに専念しているのか、互いにフォローは出来るが身体能力が同等なら飛び込みにくい距離を維持している。


 しかしそれは『守り』を意識した陣形だ。


 そんなんでどうやって俺を――――いや、ガンテツさんとパーズを先に追う気か?!


「――――!」


 閃きを後押しするかのように海上のウィーネが何かを叫んだ。


 ――――号令か?!


 先程の「班を二つに――!」という発言が頭にあった俺は、そうはさせてなるものかと咄嗟に魔力を練り上げて――――海中で竜巻の魔法が発動しないことに愕然とした。


 と、同時に急速接近する魔力を感知。


 恐らくは何らかの魔法――


 僅かな自失に碌な回避行動も出来ず、体を丸めるだけでその魔法を受け止めた。


 途端、壁に叩き付けられたような衝撃が我が身を襲う。


 極限まで強化された肉体の防御を貫く衝撃は、俺の体を強制的に移動させ、海上へと飛び出させた。


 噴き上がる水柱は、俺が拳で作り出した物より高く、また派手だった。


 飛び散る飛沫の一つのように、体が空中を舞う――


「撃ちなあ!」


 ウィーネの号令が、今度は確かに聞こえた。


 人一人を丸々と飲み込めそうな火球が、四方から俺の落下する方向へと撃ち込まれる。


「このッ……!」


 未だ人の域に非ず。


 強化させた感覚で、きり揉み回転する体と接近する魔法を捉え――――人には及ばない力で空を蹴り上げた。


 強制的な方向転換は、接近する火球に目標を失わせる。


 空中を幾度となく蹴りつけて小舟の一つへと焼け焦げた体を軟着陸させた。


 先住民には退いて貰おう。


 どうやら注射を射ってなかった類のギルド職員っぽい奴らを海へと投げ捨てて再びの回復魔法を行使した。


 せっかく身に着けていた初めての冒険者装備の残骸が、ローブの下からホダボタと落ちる。


 切れ端と化した服と、最後までコンプラを防いでくれているローブがありがたい。


 焼け残ったフードを被り、要求されるままに魔力を渡してやるとムニョムニョとまるで生き物のようにローブが再生された。


 緑色の光を放ちながら見た目には元通りになるローブ男に、ウィーネが呆れたように話し掛けてくる。


「どうなってんだい? 『ストルツィーネ』の直撃を受けても無事だなんて……あんた本当に人間かい?」


 なんだよ『ストルツィーネ』って……初めて聞く単語なんですけど? いや大体想像は付くか……。


 俺はウィーネの問い掛けには答えずに言う。


「時間稼ぎだろ?」


「……」


「この『魚雷ストルツィーネ』を準備するのには、時間が掛かるんだろう?」


 じゃなきゃガンテツさん達が逃げる時とか……とっくに撃ってなきゃおかしいもんな?


 魔道具か魔法使いか……どちらかは知らないが、予備動作準備か詠唱に時間が掛かるのは間違いない。


「今もそうだな? 俺はこれ見よがしにダメージを受けてんのに……そこからお喋りに徹しようってほど、あんたは愚かじゃない」


「おやおや? 随分と高評価だねぇ」


「それ以下のクソだからな」


「……フフフ」


 ……挑発にも乗ってこねえか。


 先程の魚雷魔法が『効果有り』と踏んでんだな……。


 実際、結構痛かった。


 ――海中という『籠』に捕えつつ、魚雷でなぶり殺す算段か?


 確かに……その方が戦力が目減りしないもんな。


 加えて海中なのだろう。


 その魔法を放つのも、効果を発揮するのも。


 俺が魔法を放たれる直前まで感知出来なかった理由もそこらにある。


 ウィーネが俺を海の中へ落とす事といい、こちらの苦手分野があちらには筒抜けであるようだ。


 ウィーネが剣を向けてくる。


「――――さあ、歓迎の準備が出来たよ? そちらはどうだい?」


「気分が悪い。なんせホストが最悪の醜女だ。チェンジだ。出来れば包容力のある寛容な三つ編みを連れて来てくれ」


 こちらが構える前に、海中からウェットスーツ共が飛び出してきた。


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