第466話


 幾度となく振るわれる不可思議な現象肉体能力の向上に慣れを覚えたのはいつからだったか――


 魔法、魔法と聞こえはいいが……不思議で、よく分からない力にをどう表現したものか……。


 今じゃよく思い出せないのだから…………これは『慣れ』なのだろう。


 そう、慣れた。


 湧き上がる力を己が物として使うことも、突然に切り換わる鋭い感覚も――


 だからこそおかしかった。


 小さな、僅かな、無視出来る――――違和感。


 ――――――――物足りない……。


 まるで感じることのなかった――


 それを……向上した精神に感じる。


 『必要だ』と訴えてくる。


 ……大丈夫だ、無視出来る――――


 爆発的に増す外界から入ってくる情報が、こちらへと近付いてくるを捉えた。


 恐らくは目撃者とする『真っ当なギルド職員』とやらなのだろう。


 人の域を越える視力が、双眼鏡のような物でこちらを見ている恋するギルド職員知った顔を甲板に映す。


 ああ、よく見てるといい――


 『戦う』と決めた意志が、方向性を定めた力が、扱うに慣れた技が――――魔法に真価を発揮させる。


 ――バカが暴れるぞ。


 僅かに揺らすこともなく、小舟を蹴った。


 一瞬にも満たない僅かな時間。


 その間で海の上を駆け、今にも剣を振り下ろさんとするギルドマスターの懐へと降り立った。


 反応はあった。


 ――――しかし間に合うことはなかった。


 逆手の掌底をギルドマスターの腹へと決めて、水切りで跳ねる石のように殴り飛ばした。


 連続する水切り音の最後には、数メートルは立つ水柱と轟音が響いた。


 パラパラと舞い上がった海水が降ってくる。


 …………確か、俺が何かやったとしてもガンテツさん達まで罪に問われることはないんだったよな。


 唖然とした空気の中で、ガンテツさんへと振り向いた。


 険しい表情のままのこの人が、今は何を考えているのか……俺にはもう知る手段がない。


「ガンテツさん」


「なんだ?」


「今から島の方へと戻ると、たぶん面倒なことになると思います」


「そうだな」


「なのでここから本国の方に向かえますか? たぶん、そっちの方が話が早いと思うので……」


「ふん。テメーが変な気を回さなくとも、オレにだって本国へのパイプはあった」


 あ、そうでしたか……。


 だとしてももう遅いんだろうけど。


 ガンテツさんの視線も、沖を行くギルドの船へと回されている。


「どちらにしろ、ここで戦う役が必要でしょう?」


 逃げるとしたら今乗っている小舟か? それともまさか泳いでか?


 どちらにしろ、相手の機動力を削ぐ必要がある。


 要は足止めだ――


「……オレがやるつもりだったんだがな」


「譲ってくださいよ。なんせ金針を三本も稼がないと、俺って身売りされちゃうらしいんで。賊が一人いくらになるかなんて知りませんけど……足りるでしょ?」


 呟いて、思い出したように襲い掛かってきた小舟の乗組員をギルドマスターと同じように殴り飛ばして処理する。


 パーズが海へと投げ出される敵を驚いた表情で見つめている。


 そういえば、海の上を走ったのはともかく……パーズにはやられてるところしか見せてなかったなぁ。


 まるで『力量的にも』と戯けてみせる俺に、しかしガンテツさんは鋭い考察を見せた。


「テメー……?」


「ありません、とは言えません」


 殴り飛ばした奴らなんて、それこそ意識がないのに海に放り出されるのだ。


 そんなの……深く考えなくてもどうなるのかなんて分かる。


 しかしガンテツさんは舌打ちをした。


「死んでも構わんと事と、明確に相手の息の根を止めようとするじゃ違え。……いつかその甘さがオメーの足を掬うぞ」


「はい」


 たぶん、そうなんだろうね。


 苛立ったように再度舌打ちをして頭を掻くガンテツさんに、『そろそろだ』と目で告げた。


 沖にあったギルドの船が動き出したのだ。


 報告に向かうのか応援を呼んでくるのか……どちらにせよ時間だ。


「……お別れです。宿とご飯、ありがとうございました」


「長生きしねえぞ」


「百まで生きますね?」


 向けられるボーガンの矢――その一つ一つをロックする。


 ガンテツさんが小舟のモーターを始動させた。


 パーズが身を乗り出して話し掛けてくる。


「海の男はなー? 欲深く、それでいて自由だって……爺ちゃんが言ってたー」


「そうか」


 百まで生きる話かな?


 それには一つ一つ……というか無数にある困難を超えなきゃいけないんだけど!


 放たれたボーガンを、こちらも無数の風の刃をもって迎撃した。


 空気を裂く音が空間に満ちる。


 ――――それでも高性能な耳が、パーズの声を拾った。



「それでなー、海の女は……執念深くて、諦めないものだからー……」



 ……なんじゃそりゃ?


 まさしく雨のように降り注ぐ折れたボーガンの矢を背景に、パーズの乗る船が動き始める。


「……貸しを取り立てるまでなー! お前は、オレのものだからなー!」


「知らねえの? 俺は金が無えから逃げんだぜ?」 


 珍しく必死な表情を見せるパーズに、『じゃあな』と手を振る。


 追撃に動く小舟に、行かせるものかと風の刃を叩き込んだ。


 ガンテツさんが誤解を解いてくれるまで逃亡者生活なんかねぇ……。


 ――――なら遠慮は無しだ。


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