第464話


「ああ?」


 ガンテツさんの疑問を含んだ恫喝の声が響く。


 それが可笑しいとばかりにギルドマスター――ウィーネはクスクスと笑い出した。


「相変わらず腹芸を読み解くのが下手だねぇ。それがあんたの弱点であり……高みに届かなかった理由だよ」


「うるせえ売女だな。それが末期の言葉でいいのか?」


「フフフ……まあ聞きなよ。最後じゃないか? どうせ逃げられやしないんだから」


 沖に出ていた船も、ゆっくりと包囲を狭めてくる。


 収納されている小舟を降ろしては人員を吐き出してくる様は、敵が増えたかのような錯覚まで生んでいる。


 ……いや実際にの数は増えてんな……。


 ガチャガチャと用意されているボーガンは、距離を保ったまま攻撃するには最適だ。


 今にも一斉攻撃されそうな雰囲気の中で、ウィーネが押し留めるように剣を真横へと伸ばした。


 どうやら会話をするというのは嘘ではないらしく、ガンテツさんを見つめたまま――再び口を開いた。


。あたしの立場はなんだい? 言ってみな」


「裏切り者のクソ女だ」


 どれだけの圧が掛かろうと即座に切り捨てるガンテツさんに細い息が漏れた。


 この人の半生が想像出来る言い様である。


 僅かも油断出来ない状況にあって一触即発に膨れ上がる空気に……俺はようやくと魔力を練り上げ始めた。


 ……ドンパチだな? ドンパチする気だな?


 挑発されたというのに笑顔のウィーネが、笑い声を大きくする。


「アッハッハッハ! そうだね! 間違っちゃないよ! ……でも今の話とは関係ないのさ。あたしの立場をよ〜〜く考えてみな。そしたら自分の置かれた状況が分かる筈だから」


 この赤毛の女の立場……。


 ギルドの――――


 ……あ。


 状況を理解した俺に、関係ないとするガンテツさんの言葉が響く。


「テメーの立場が何だ? これから死ぬ奴に立場が必要かあ? 寝言は――」



「たぶんなー? って話だー」



「……ああ?」


 ガンテツさんの言葉を遮って、視線を人じゃなく海に向けるパーズが言う。


「爺ちゃんがこいつらより強くってー、たとえ勝てたとしてもなー……こいつら、だからなー。オレ達はー、たぶん捕まるなー」


「なんだそりゃ? こいつらほぼ間違いなく帝国の間者を手引きしてんだぞ? なんでオレらが捕まるなんてことになる?」


 状況が悪い……というよりも、そうなるように連れ出されたとみるべきだ。


「それを誰が証明できんだい?」


 ギルドマスターの不敵な言葉が届く。


 そう……仮にガンテツさんがこいつらを一掃出来るほど強いとして、こいつらに勝ったとしよう。


 しかしこいつらの首を並べて「実は裏切り者だった」という言葉がどれだけ信頼されるのだろうか……。


 脳裏を過ぎるのはウィーネの街での様子だ。


 それがギルドへの信頼感をも表していた。


「あんたがあたしらを攻撃してるのを見て、島の奴らはどっちが帝国の間者だと思うだろうね? それに、島には働いてるギルド職員もいるのさ。あんたがどれだけ言葉で掛け合おうとも、ギルドの奴らは定められた法の通りにしか動かない……」


「ごちゃごちゃごちゃごちゃとうるせえな。それで? ……覚悟は済んだのか?」


「……あんたは強いよ、ガンテツ。本国から遠く離れた群島ここを根城にしてた海賊共を一掃して、この国の海を広げたんだからね。……英雄さ? 『海賊狩り』なんて呼び名がついて、本国への招集を蹴って、……あたしらの目指す所だったよ。……ね? ――でも実際に逢うあんたは、伝説の抜け殻にも満たない絞りカスでしかなかった……」


 ――――近付いてくる。


 肌を刺すような敵意を伴った冷気と、まるで無理やり応えさせるかのように上がる熱気が――


 前世では無縁でしかなかった、人一人の意志じゃ抗いようもない、自然の摂理。


 『生きたい』という本能に促され、固くなる体に反比例して扱いようもない熱が――


「何があんたを変えた? 何があんたを? 一目瞭然じゃないか……。ギルドの命令で渋々と探海者の手解きをするあんたが、孫には過保護な程に愛情を注いでた……。。小海の覇王と振る舞う無敵の探海者を、『息子』や『孫』なんてが溺れさせた。ガンテツ……――最後のチャンスをあげるよ」


「もう喋んな」


。……自慢じゃないけど、あんたの家への襲撃は失敗すると踏んでたよ。法に準じるようになったあんたが島に来るのも読んでた。……でも何もしなかった。最大限、あんたに配慮してたのさ。……まさか他人の強制指名にまで付いてくるとは思わなかったけどね? いや……こうなって逆に良かったのかもしれないね。――あたしの手を取りな、ガンテツ。もう一度だけ、あたしがあんたを高みへと引き上げてあげる。――……人生で最後のチャンスだよ」


 ウィーネの剣を持っていない方の手が伸ばされる。


 ――――嫌だった。


 生存本能を刺激された肉体がエネルギーを発して熱を持つのも、生き残るために冷たく精神と思考が沈んでいくのも――


 この『慣れ』が嫌でしょうがない。


 それしかないと分かっていても、『嫌だ』と感じるものはどうしようもなく――


 ガンテツさんの気配が高まる。


「……オレぁ、お喋りな女が嫌いだ。…………言ったことあったか?」


 近付いてくる――――


 ――――命と命の遣り取りが、


 人間性を吹き消す風戦争と呼ぶ騒乱の気配が――――


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