第463話
海上では小舟が数隻出ていた。
ボケッとしていたので気付かなかったけど、警戒に当たっていた他の船も随分と近付いている。
それぞれの船から出て来た他のギルド職員さんや探海者っぽい装備の誰かが小舟に乗っているようだ。
海面へと顔を出すと、直ぐ近くにあった小舟にはガンテツさんやパーズ、それとギルドマスターの姿が見えた。
「……本当に呼吸が出来るのねぇ」
「ええ、まあ……」
やはり信じていなかったのであろうギルドマスターの一言に頷きを返しながら、ガンテツさんから伸ばされた手を握った。
ガンテツさんは強面の顔に似合った凶悪な表情を浮かべている。
「それじゃ、まずは値段交渉からだな?」
わあ、悪い顔だー。
引き上げられた小舟の上では、まだ海の中に入ってもいないというのにパーズが水着姿だった。
……いや、これはたぶん俺が溺れた時の備えなんだよ……きっと。
やったことないけど着衣水泳が溺れると言われる理由に納得だ。
「暴利は許されないよ。なんせ国家の一大事だからね」
ギルドマスターは言葉を投げ掛けると同時に、タオルも飛ばしてきた。
前者はガンテツさんにだろうが、後者は俺にだ。
だってペショっと垂れたタオルで視界が塞がったもの。
なんという心遣いだろう……『大丈夫か?』という一言もない他の人達とは大違いだな。
そりゃファンも出来るよ、前世にあれば登録者の数千万人だって軽いさ。
気遣いに頭を下げて、ポタリポタリと雫を垂れさせている頭に掛かったタオルに手を添えて――――
――――寒気が走った。
同時に響いた甲高い音と――――視界を掠めるように、突然現れた白銀の何かが異常事態だと告げる。
水滴でない雫が喉を過ぎていく。
腕を僅かに動かして視界を遮っていたタオルから顔を覗かせれば――首の直前で止まった細長いロングソードの刃と、差し込むようにその剣の動きを止める銛の存在があった。
冷や汗は途端に溢れ出て来た。
「――どういう了見だ?」
ドスの利いた低い声が、相応の顔立ちの爺さんから響く。
腰に吊っていたロングソードを解き放ったギルドマスターが、平時と変わらぬ声で答えた。
「だって邪魔じゃないか? こいつの魔法は。あたしらの目的を阻害するからね――」
ギリギリと万力を込めるように押される剣に、どうやら冗談の類ではないのだと今更ながらに思い至った。
風を引き裂いてパーズの銛が飛ぶ。
一直線にギルドマスターの顔へと投げられた銛が――しかし顔の動きだけで躱される。
その隙を突いてガンテツさんの銛の刃先が跳ね上がった。
柳に風と力に逆らうことのない見事な体捌きでギルドマスターが船上から飛ぶ。
ギルドマスターが海上へと舞った。
着地地点に滑り込むように動かされる小舟と、牽制のように俺達の乗っている小舟へと放たれた何処かで見たことのあるボーガンの矢が、敵陣の只中なのだと教えてくれる。
火花が無数に舞った。
「ハア……そんな攻撃がオレに効くとでも思ってんのか? 坊主共」
強化されていない感覚では捉えられない銛の動きで、雨のように襲ってきたボーガンの矢をガンテツさんが全て弾いてしまったことを理解した。
それこそ雨のように海面へと落ちる矢の存在が、結果を伝えてくれたのだ。
……………………ちょ、……っと、待ってくれる?
恐らくは知り合いだったというのに躊躇せず銛を投げたパーズもそうなんだけど……この展開に俺の脳みそが付いてきてくれてなくて……ですね?
待って? ええと……マフィアっぽい筋者がいい人で、公的な存在の筈のお偉いさんが…………悪い人?
華麗な着地を決めた赤い髪の美人さんが悲しそうに呟く。
「まさか本当に潜れるとはねぇ……それも随分と長い。ほんと……冗談じゃないよ、全くね」
それこっちの台詞。
「なるほどなぁ……何に釣られたのか知らんが、安い女だな? その尻の軽さだけはオレでも見抜けんかったぞ」
言葉ほど軽くない何かがガンテツさんから発せられている。
正面から見据えられるだけで震え上がりそうな雰囲気だというのに、未だに悲しげな表情のギルドマスターは……しかし平然として応える。
「師匠。あんたじゃ分からないよ……誰よりも深く潜れるっていうのに、辺境で漁師の真似事をして喜んでるようなあんたじゃね……」
「テメーん中じゃ、国を売ることを深く潜るって言うのか? 馬鹿が……。野心でまともな波の読み方も出来なくなったようだな? 舵取りを間違えた船ってなぁ、沈むように出来てんだよ。……ちゃんと教えたろう?」
……めちゃくちゃ囲まれてんな?!
海原を見渡して、ギルドマスターの独断専行ではない雰囲気に汗が出る。
僅かな間で反転してしまった敵味方に、安心を寄せていた船の数も脅威へと変換されてしまった。
銛に付いていた細い鎖を引っ張って、パーズが銛を回収する。
その視線の先は――――海である。
いつでも海に飛び込めるとしたパーズだったが……もはや姿を隠す必要無しとした黒いウェットスーツ姿がギルドの船上に現れた。
…………最悪だ。
こちらの考えを読み取ったかのようにギルドマスターが口を開く。
「無駄さ。逃がしゃしないよ。帝国の魔導技術は、既に十年は先を行ってる。あんたらが逃れられる道理は無いね」
「逃げる? バカ言え。オレがテメーらを逃さねえんだよ。一人もなあ……。アホ面下げてオレの前に出てきたんだ……全員、遺書はしたためてあるんだろうな?」
「……言ってるだろ? 無駄さ、師匠。――もう、こちらの勝ちは揺るがない。そういう風に動いたからね」
そう言ってギルドマスターの女は不敵な笑みを浮かべた。
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