第460話


 昨日よりも更に増えた船の群れ――港の許容量を越える船団が、近くの海に浮いている。


「……あれ、もしかして昨日の奴らが乗ってるとかじゃないですよね?」


 だとしたら凄い数だなぁ……。


 船着き場に来ている。


 ギルドの船を動かすということで、手持ち無沙汰に立っている小舟の船長であるガンテツさんに話し掛けたのだが……。


「そんなわけないだろ? もう充分ドンパチやれる射程に入ってるじゃないか。……あんたほんとに生粋の陸者なんだね? ありゃこの島の防衛網として機能させてんのさ」


 答えはギルドマスターから返ってきた。


 ファンの群れ……もとい市民の対応も終えて発船指示を出していたギルドマスターが、部下への合図もそこそこに、俺の疑問に答えてくれながら――こちらへと近付いてくる。


 もしかしなくとも今日明日中に戦場になるかもしれないというのに闊達な市場の呼び声もそうなのだが、特に逃げ出すということもなく息巻く冒険者が溢れる港には、今にも『戦える』と言わんばかりの船が並んでいた。


 ……なんか『ってやる!』感が凄いな。


 往来を歩く人の割合には、如何にもな奴ら武器持ちが増えている。


 これも港街……いやこの国の気風というやつなのだろうか?


 その中にあって目立つことの無くなったガンテツさん達はともかく……魔法持ちや魔法使いもいる筈なのにローブ姿が目立つという俺は納得がいかない。


 すれ違う奴の中にはコメカミを指でトントンするという……よく分からないジェスチャーをする奴もいてねぇ……。


 君達、もっとロープレやり込んだ方がいいんじゃない? ――そんな文句の一つも言いたい気分である。


「近場で活動している探海者……いや冒険者は全てここに集めたよ。制海権は海軍が戻れば直ぐに取り返せるかもしれないけど、島を占拠されるのは面倒だからね。港の収納力を越える船は、近海に浮かべて監視船代わりにしてんのさ。勿論、ローテーションを組んでね」


 遠間に見える船の説明をしてくれるギルドマスターに、『分かってますよぉなるほど』とばかりに頷く。


 しかし俺の反応に溜め息を返すギルドマスターは『やれやれ』といった雰囲気で、失望も露わな一瞥をくれる。


「一応は警戒してんだけどねえ……なんかあんたの呑気さを見てると真面目に仕事してんのがバカらしくなってくるよ。――とても助けられて早々に喧嘩騒ぎを起こすような奴には見えないねえ」


 ドキリ。


 それは露店の前でやったやつか、着替える前にやったやつかで冷や汗度が変わるな……。


 しかも相手は公僕。


 やっぱり連絡とか行ってたか……あの見た目だったけど、あいつらも探海者とかいう括りに入るんだろうし。


 …………お咎め無しということは、そういう事ってことでいいんだよね?


 目を合わせられなくなっている俺を置いて、タバコのような細長い例のアレを噛み始めたガンテツさんが、どうでもいいとばかりに手を振った。


「喧嘩だあ? そんなの家の外に出りゃ当たり前にやるじゃねえか。一々と目くじら立てんじゃねえや……女々しい奴め。テメーは何処の組織の長だってんだよ? それに……この小僧じゃなくてもこの船の多さにはうんざりするわ。なんで島周辺ばっか流させてんだあ? 適当に放ってやりゃいいじゃねえか……鬱陶しい」


「それで沈めば敵の居場所も分かるって? だから――あたしにも立場があんだよ! それに、重きを置いてんのは『防衛』なんだよ? あんたみたいに『攻め』ばっか考えてちゃ、先にギルドが参っちまうさ!」


 喧々と言い合う二人は……やはりよく見なくとも仲が良さそうだ。


 ともすれば親子のようにすら見える。


「あのぉ……そういえばお二人はお知り合い――……なんですよね?」


 そんな今更の質問が口を衝く。


 どう見ても知り合いだけど……どちらかと言えば知りたいのはその関係性だろうか?


 その取っ掛かりの意味でもある問い掛けに、ガンテツさんがタバコのような何かを噛み切る。


「どこに目ぇ付けてんだ? ――どう見ても昔の女だろうが?」


「誰がだい?! ……認めるのも癪なんだけど、あたしは一応、この老いぼれの『弟子』ってことに…………なんのかねぇ? 海を探索する上で、一通りの手解きは受けたから……」


 ああ、やっぱり――と思ったのは、両者の返事でそれぞれだ。


 なんかガンテツさんにそう言われるとやっぱりなぁ……とか思っちゃうよね。


 苦虫を噛み潰すようにギルドマスターが続ける。


「今じゃ新人を指導することもない、漁師の真似事ばかりする孫バカ爺だけどね?」


「へへ、何が真似事だ。オレ程の漁師がそうそういるかよ」


 うん、ビビって客足が遠退いちゃう漁師なんていっぱいいたら困るよね?


 そんな感じに――ただひたすら海を見つめ続けるパーズの隣りで雑談を続けていると、ギルドマスターウィーネの部下の人が呼びに来た。


 そんな部下の人と少し会話を交わした後で、ギルドマスターがこちらを振り向く。


「準備が出来たよ。――さあ、出港しようじゃないか!」


「ようやくか……オレの船なら直ぐに出せたのによぉ。これだから中型から大型の船は面倒なんだ」


「……オレもそう思うー。泳いでいった方が速かったかもなー?」


 せっかく意気揚々と告げてくれたギルドマスターも、この二人の返事には青筋を浮かべざるを得ない。


 パーズはもう海に入りたいだけじゃないの?


 ……魔法の検証をするのが俺だって分かってる?


 島なんて物を所有しているこの二人が、なんで小舟なんかを本船にしているのか……少しばかり垣間見える一幕だった。


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