第459話


 ギルドの船で行くという検証場所。


 ……てっきりここ近場で潜るとばかりに思っていた俺には驚きだ。


 なんだってそんな面倒なことを……。


「こんな人目につく所で存在も怪しい魔法の検証なんてするわけないだろ? ちったぁ頭を働かせたらどうだい。そんなことだから魔力が切れて溺れることになるんだよ」


 どうやらギルドマスターの中ではそういうことになっているらしい。


 いや……魔力切れは魔力切れだけど……なに? もしかしてギルドマスターの中では帰りの魔力も計算せずに自慢の魔法で海溝に潜って溺れたバカになってんの……俺?


 ……いいんだ、別に……言い訳出来ない立場がそうさせるのであって、本当は溺れてないということを分かっている人だけが分かってくれていれば…………。


 …………そんな奴いなくね?


 絶望的な事実を前に慄いている俺を余所に、船着き場へと向かうために市場の前を歩くギルドマスターは露店を経営する店主の方々から声を掛けられていた。


「よお! ウィー! 出陣か? これ持ってきな!」


「おっ、ギルドマスターじゃねえか! どうした? 捕り物か?」


「ウィーネさん! 俺ならいつでもオーケーですよ?!」


 愛想良く手を振ったりなんかして応えるギルドマスターの人望は一目に見てとれた。


 投げられた果実を受け取っては口にしている。


 お零れではないが――取り巻きのように歩く部下の人達も、ついでとばかりに商品をサービスされていた。


 こっちの世界じゃ、ああいうの受け取るよね?


 お菓子一つ受け取るにも規則が邪魔をする前世とは大違いである。


 こういうお役所の違いの方が『他の世界だなぁ』って思うんだから……。


 俺も大概毒されている。


 それにしても……。


「随分と人気あるなあ……」


「ああ、あいつは昔から世渡りが上手ぇ。探海者時代も、ここらにゃ花形でよ。ギルドのスカウトを受けてからもトントン拍子でマスターまで成り上がっちまった。いずれは本国の方に呼ばれんだろ」


 答えてくれたのはガンテツさんだ。


 道を塞がんばかりに人に駆け寄られているギルドマスターとは真逆に、近付く者も皆無なガンテツさんの周りは悠々と歩ける。


 直ぐそこの港に着くのにもやや時間が掛かりそうだな……と思った俺は、兼ねてからの疑問が口を衝いた。


「……そういえば『本土』『本島』『本国』って出てきますけど、どういう違いなんですかね?」


 教えてガンテツ。


 ……パーズに向けられる好色な視線に睨みを利かせてないで。


 パーズの隙ってそういう風に醸造されたんじゃないの?


 隣りを歩くガンテツさんが、怖い表情のまま訝しげに応える。


「ああ? ……別に違いなんか無えだろ。ちょっとした言い方だわな。ただ……自分が住んでる地域のデカい島を『本島』、国が管理してる島の敷地を『本土』、この国そのもの……もしくは一番デカい島を『本国』とは言ってるかもだが……。テメー、細けえ奴だな?」


「小心者なので。じゃあ、本国に呼ばれるって言うのは……?」


「まあ、海命ギルドの本部だな。国の中枢よ。ここは国の中じゃ東の果てになるからなあ……。ギルドマスターって言っても、そこまで強い立場には無え」


「登録してる爺さんが我儘利かすぐらいですからね」


「金が返せそうってなったらデカい口叩き出したな? 別にオレの銛にゃ借金の過多は関係ねえって教えてやろうか?」


「調子乗りました! すいません!」


「……フン、まあ別にいいがよ。……ウィーネの奴は実力もそうだが、あの見た目もあるからな。実は『海に愛されし御子』なんじゃねえかって噂も立ってるぐらいだ。……髪や目の色が同じってそれだけでよお」


「……『海に愛されし御子』? なんですか、その頭おかしいワードは……」


「テメーの格好よりはよっぽどマシだろうが。……建国の母である最初の女王がそうだって話だ。本当かどうか……本人が海にいる限り負け無しでな? 『敵の船が突如大渦に呑み込まれる』『風も無いのに波に岸まで運ばれる』『時化に遭っても沈まない』……本当かどうか眉唾な噂が海のようにある女だよ。負け惜しみか称賛か、攻め入ろうとした隣国の奴らがこの初代女王を敬意と畏怖と共に呼んだんだとよ――――『海に愛されし御子』ってな」


「……その女王様が、赤い髪で赤い目?」 


「おう。『海にあって燃えるような赤い髪に火の祝福を受けし紅い瞳』ってな? ウィーネは正に伝説にある女王そのものだとよ。バカ共が。波や流れを自在に操られて堪るかってんだ。そんなの海戦になりゃしねえ。大方、敵を上げて自分の失態を軽くしようっていう陸者特有の政治ってやつだったんじゃねえか?」


「……なるほどぉ」


 …………聞かなきゃ良かったなぁ。


 ふと赤い髪で赤い目の死者の王様が脳裏を過ぎったが……伝え聞く噂とは正反対の能力のようだと考えを打ち消した。


 ――――それはむしろ……。


 聞こえていたであろう、ガンテツさんと俺の間を歩くパーズは……しかし俺の視線に気にするでもなく焼き上がるイカっぽい何かを凝視していた。


 ……お腹空いてんの?


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