第458話


 結局地味な薄着――に見えるであろう格好になったガンテツさんとパーズに……黒いローブの怪しい男。


 なるべく涼を取り入れるための知恵なんだろう――ガンテツさんとパーズなんかは首元や腕なんかは露出させていて涼しげだ。


 そこにきて俺のなんて暑苦しいことか……。


 いや、これ割と高性能なんだよ? 声も背丈も誤認させるという、世が世なら暗殺者に大受けの高機能。


 隠れ忍ぶには最適だろう黒尽くめ!


 ……ぶっちゃけ南国だから目立ってしょうがないけど。


 祖国では一山幾らもいた黒いローブもしくは地味系ローブの誰某も、ここじゃ『頭沸いてんのか?』と目を向けられる始末。


 そりゃそうだよぉ…………炎天下に街を真冬装備で歩いてる奴がいたら俺もそう思うもん。


 ただこれ……エフェクト、というか裏機能のアイテムボックスの方が重要でして……。


 恐らくは時間経過でしか発現しない裏機能のアイテムボックス。


 ローブの機能は下に軽鎧を着ているから効果を発揮していないが、いざというとき使用するためには僅かな時間でも身に着けておいた方がいいだろうという判断だ。


 ……だからといって使う機会があるわけじゃないんだけどね?


 …………ほら? 連中、中々良さそうな装備とか持ってたじゃん? 知らぬ内に遺失してしまう可能性とかも……ねえ?


 ちなみに金を稼ぐ気になった小市民が、一時期は海賊を狩っていたという御老体に問い掛けたところ……海賊のお宝というのは国の預かりになると聞いた――


「当たりめえだろ? 盗品じゃねえか。それでいいなら護衛も討伐依頼を受けた冒険者も、なんなら商船を襲わせてから依頼に励むだろうぜ」


 ――全くもってその通りである。


 ……知ってたよ、この異世界……というか真実の冒険者に夢が無いなんて。


 海賊の討伐には、文字通り船を沈めたり撃退したと見届けられることが条件なんだとか。


 あとは首だそうだ。


 確認が取れている海賊の首照合で判別するんだと。


 海って怖いなぁ……。


 ちなみに生死は問わずだが、生かして捕まえた方が金にはなるらしい。


 例の奴隷関係での報酬が上乗せになるのだろう。


 そこのところは詳しく突っ込まなかったので知らないが……。


 問題は海賊の個人的な装備の方だ。


 勿論、こちらも国の回収だ。


 その分の依頼料も含まれているからこそ、海賊討伐依頼というのは俺が考えているより高報酬だそうなのだが……。


 海賊が、そこそこの値打ち物を身に着けていた時こそが、本当の華だという――


「……いいか? それと知らせずに海に落とすんだぞ? 波や海流の関係でおいそれと回収出来ねえのは分かってる。漁師に宝探しだろうが? 向こうだって一々海に潜ってまで拾いにゃ行かねえからよ。そこはそれぞれ暗黙の了解があらぁな」


 ――とするのが地元の知恵。


 それでも捜索の依頼が出されていたのなら……それはそれ。


 依頼料だけでも頂けるという寸法なんだとか。


 出来ることなら目立たず……しかし良品である武具や魔晶石が狙い目らしい。


 そんな裏事情を金欠が聞いたならどうなるのか……。


 そりゃ偶々……ねえ? 偶々アイテムボックスの機能が発動してしまって……偶々アイテムボックスに武器が収納されてしまう可能性も……あるんじゃないかなあ?


 戦場じゃ何が起こっても不思議じゃない。


 そんなわけで暑さも『あいつ頭おかしいんじゃね?』という視線にも耐えて往来をギルドまで歩いた。


 自然とガンテツさんやパーズとの距離が空いてしまったが……ははは、考えるまでもないよ、ただの偶然だろう。


 だって、今日のメインって俺なんだし……置いてくなんてそんな! ……ねえ? あれ? もしかして泳ぎだけじゃなくて足も速いのかな?


「……なんて格好してんだい?」


 ギルドマスターから開口一番に下された挨拶である。


 冒険者同士のラフな掛け合いってやつかな?


 やはり海ともなると違うなぁ……。


 昨日よりも更に騒ぎを大きくしているギルドの中で、こちらもガンテツさん達と似たような格好の……しかし如何にも女海賊っぽい格好のギルドマスターが部下を引き連れてやって来た。


 答えはガンテツさんから出た。


「聞いてやるなよ……。陸者だ。そういうこともある」


「アホな道楽冒険者やる貴族のボンボンでもここまでじゃないよ? 今日は特に暑い……本当に大丈夫なんだろうねえ?」


 それは何が? 何が大丈夫だって訊いてますか? 魔法? 魔法なら千回でも余裕ですけど?


 溜め息を吐き出して疑わしげな視線をくれるギルドマスターは、今日も胸を強調するように腕を組んでいる。


 おいおい……おいおい? こ、こぼ……?


 他人と話す時は真正面からを実証する俺に困ったような微笑みを浮かべたギルドマスターが、部下にハンドサインで指示を出した後でガンテツさんの方を見た。


「結局あんたも受けるってことでいいね? 処理はしておいたから、早速海に出るよ」


「マスター直々たぁ恐れ入るぜ。やっこさんらが今日にも攻めてくるんじゃねえのか?」


「どっかのロートルが牽制してくれたからいい時間稼ぎになってるよ。……海軍が戻るまであと三日ってところかね? それまで本土を死守するか、本国から応援が来てくれるか……どのみち向こうの出方次第だよ。――お陰様で暇で暇で仕方なくてねぇ?」


 ギルドマスターの流し目に鼻を鳴らして話を打ち切るガンテツさん。


 どうやらガンテツさんが暴れたことで、向こうはある程度慎重になっているようだ。


 颯爽と肩で風を切って足音高く歩き始めたギルドマスターが俺達を横切ってギルドを出て行く。


 燃え上がるような髪色が日差しに振られ、入口の所で振り返ったギルドマスターの顔には影が掛かった。


 しかしその赤い瞳には通じず、宝石のような輝きを灯したままこちらを射抜く。


「じゃ、行こうか? 内々にね」


 随分と絵になる人である。


 既に充分な注目を集めている気がするが……それも俺のローブ姿を思えば何を況んやだろう。


 恐らくは部下の人達だろうギルド職員共々、ぞろぞろとギルドを出て――ついでのようにギルドマスターが零した。


「もしかしたら戦場の鍵になるかもしれないから……ね?」


 それは聞いてないが?


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