第457話


「なんでテメーがベッド一つ使うんだよ」


「いや、ご尤もで……」


 なんか……つい、ノリで……空いてたから……そこにベッドがあったから。


 初日の勢いそのままに、きちんとしたベッドを使用した借金持ちに魔王様からのゲンコツを頂戴した。


 思わず(怖くって)肉体強化を三倍にしたというのに突破してきたダメージは目が飛び出る勢いだというのだから恐ろしい。


 ねえ、死んでない? 普通なら死ぬんじゃない? 下手したら殺す気だったんじゃない?


 もし照れ隠しだとしても人が死ぬレベルの照れ隠しってどうなんだよ……。


 特に片付けるようなこともなく出掛ける準備をしている。


 持って来た木箱の中身はガンテツさんやパーズの装備だったらしい。


 魔物素材だという水着を取り出したパーズに、後学のための見学を申し出たらガンテツさんに部屋から叩き出された。


「なんだって?! 知ってんだぞあんた! ガンテツさんだって血の繋がりがないじゃないか?! このペド野郎! 一人だけ……」


「――一人だけなんだ?」


「あ、なんでもないです」


 戦闘用の装備に着替えたガンテツさんが出て来たことから早々に反論を仕舞った。


 センシティブにも踏み込んでいく勇気ある俺の行為に、ガンテツさんは手にした銛をツンツンすることで応えてくれた。


 痛い痛い……あの? ちょっと刺さってますけど? 老眼かなぁ……。


 頰に当たる銛の擬音がプニプニとかではなくドスドスの時点でお察しである。


 どうやら最初から部屋はパーズに空け渡すつもりだったようだ。


 ガンテツさんの装備は、髪を固定しているヘアバンドにサイドポーチ、取り回しの利く刃の広いショートソードに鎖の付いた銛、指抜きのグローブに黒塗りのブーツ、i字ラインの黒い水着は急所の部分だけ厚くなっている。


 昨日の漁師姿より冒険者っぽい物に変わっていた。


「ガンテツさん……面倒だから行かないんじゃなかったんですか?」


「口の数を増やしてえのか?」


 既に小さいのが増えてるから漏れてるんですよ。


 最早お人好しのヒヒ爺に成り下がったこいつなんて怖かない。


 なんだかんだと言いつつも……あ、いや、グリグリされてるわ……これ以上は本当に口が増えるレベルだわ。


 茶化すのも時と場合だよね! 学んだ!


 沈黙という金と同価値の行為と引き換えに、俺の頬の無事は保たれた……。


 暫くして冒険者装備なのだろうパーズが出て来た。


「着替えたぞー」


「おー。似合う似合う」


「……そうかー? そんなの初めて言われたなー」


 そりゃ近くに鉄板のボディーガードが居ますもん……。


 上下に分かれた黒い水着姿のパーズは、その日に焼けた肌をいつもより晒していた。


 髪飾りには某かの魔晶石、ガンテツさんと同じく指抜きのグローブに銛に黒塗りのブーツ、ショートソードを吊ってはいないが代わりの刃物が腰に添えられ、ふとももにもポーチのような物を巻いている。


 俺の感想にガンテツさんが鼻を鳴らす。


「ハッ。似合うかどうかじゃなく、使えるかどうかの方が大事だ。若ぇのは直ぐに見た目に拘るからなぁ……」


 バカ言うな、見た目が第一に決まってんだろ?


 勿論、自分に害が及ばない前提だけど。


 しかしそれなら……。


「まあ、防御力は低そうですよねぇ……」


 これでもかという露出だもの。


 これで大丈夫なのかと……「そんな装備で大丈夫か?」と問いたくなるのは山々だけど。


 俺の不安をガンテツさんが一蹴する。


「これは海中を想定した装備だ。当然だがこの上にまだ着るぞ? いざというときにアレを着けてねえ、これがねえ、とならねえように確認するためのお披露目だよ。……なんだと思ったんだ」


 サービスカットかな、って……。


 呆気にとられる俺を置いて、更に上に装備を着けるために部屋へと戻るガンテツさんとパーズ。


 部屋の中では、要所を護るための鎧を着脱して……いざというときのために直ぐに脱げるのかどうかの確認をしていた。


 色々と大変なんだなぁ、海戦って。


 他人事の水着野郎に、ガンテツさんが何かの装備を投げてきた。


「おい、テメーもそれを着とけ。ちと古い装備だが、耐久性に問題は無え筈だ」


 ……おぉ、ついに俺も装備デビューをするときが!


 受け取った軽鎧は、コンコンと固さを主張するような音を響かせている。


 これが海命ギルドという国公式の立ち会いの元でやる魔法の検証というのが――またいいよね。


 安全を保証されてそうだもの。


 いそいそと少しの憧れがあった初鎧を装備する俺に、ガンテツさんは思い出したとばかりにもう一つ何かを投げてきた。


 それは幼馴染がくれた魔法の装備――


 おお?! 持ってきてくれてたんですね!


「一応それも返しとくぞ。……着るかどうかはともかく」


 幾度もピンチを潜り抜けてくれた――防御力ゼロの黒い布。


 隠者のローブである。


「そりゃ着ますとも。分かってないですねえ? 装備は使えるかどうかなんですよ」


「いやそりゃ名高いハズレだ」


 喜気としてローブを上から羽織る俺に、ガンテツさんは奇妙な者を見るような視線をくれた。


 …………あ、これ下に金属製の装備を着けてたら機能しないんだった。


 まあ、いいか。


 どうせ海中で魔法使うだけだし。


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