第456話


「爺ちゃんなー、良い奴なんだー」


 ……え、俺? これ、もしかして俺に話し掛けてます?


 ベッドで寝息を立て始めたガンテツさんに、ようやく緊張を解いてもいいのかと思い始めた矢先。


 気にするでもなくオツマミを完食したパーズが言った。


 ちなみに俺に与えられたツマミの一皿とコップ一杯分のお酒は完食出来ていない。


 もう味がしないというかね……食欲どころじゃないというかね。


 一人奥のサイドテーブルを使っていた俺に、『間違いなくお前に話し掛けている』といった面持ちのパーズがこちらを向く。


「う、うん。お、俺もそう思うよ(同調圧力)」


「なー? ……お前なら分かるって思ったー」


 ごめんね? 分かるのはガンテツさんのマジヤバい雰囲気ぐらいなの……。


 パーズが何を以ってガンテツさんを良い人判定しているのかは、ちょっと……。


 僕にはレベルが高過ぎて分からないよ。


 中身の入っていない酒瓶をコップの上で逆さに振りながらパーズが続ける。


「爺ちゃんが三十ぐらいの時にー、当時仲良くしてた女が来て『あなたの子供』って置いてったのが爺ちゃんの息子らしいー」


 おふぅ……。


「爺ちゃんは、よく笑いながら話すんだー。『海が割れたかと思ったわい』ってなー? 目をこうなー? こうするんだー」


 酷く驚いた時のジェスチャーをするようなパーズを見ていると……若かりし頃のガンテツさんの驚き様が目に浮かぶ。


 ……それにしても、と思う。


 というのは随分と他人行儀な呼び方である。


 それが本当なら――


「分からないんだー」


 こちらの考えを先取りするかのようにパーズが言う。


 中身が殆ど残っていなかっただろう酒を、数滴注いだコップをマジマジと見るパーズ。


「本当にそうなのかどうかはなー、分からないんだー……爺ちゃんは『いや……』とか『あれがなー……』とか言ってなー? 今でも首を傾げるんだけどなー。でもなー、その子供を『オレの息子』以外で呼ぶことはないんだぞー。爺ちゃんとは全然似てないしー、目も髪も色が違うのになー?」


「……いや、でも目の色や髪の色は、親と違う色になることもあるし……なんなら途中で変わることもあるから……」


 そう、そうなのだ。


 髪色や目の色は『茶髪茶目』という基本から外れる子の方が珍しいぐらいで、両親と違うということぐらい普通に起こり得ると思う。


 パーズが恐る恐るとコップに舌を伸ばしている。


 もしやこの娘……。


「うん。だなー? 爺ちゃんも、笑い話にはするけどー、実は気にしてないー。……美味しくないなー?」


「いや、たぶんこれはそんなに……」


 タイミング悪いよ、初めて飲むのにこのお酒は……所謂『悪酔い用』の安酒だから。


 昨日飲んでたやつなら美味かったのに。


 そんな苦いお酒をペロペロと舐めながら……パーズは続きを話す。


「それでなー。爺ちゃんと爺ちゃんの息子は、性格も違ったんだー。息子の方は船にんだー。だから海が嫌いでなー? 将来は商人になるのが夢とか言ってたそうだー」


 …………なんか、話の流れ的に……。


 気付けばガンテツさんの鼾が止まっていた。


「ある時なー、陸に出た息子が帰ってきて言ったんだそうだー。『ヤバい、親父! 俺の娘だって言うんだ! どうしよう?! 覚えがある!』って。爺ちゃんバカ笑いしてたー」


 そりゃなあ。


「ここの話をするときはいつも笑うんだー。……嬉しそうになー」 


 ……そりゃなあ。


「爺ちゃんの息子はー……その後で死んだー。オレは全然覚えてないー。魔物に殺られたんだとー。……腕っぷしも爺ちゃんに似なかったー。残念だー」


「ああ……」


「たぶんなー? 違うー……って思うー。たぶんなー。でも爺ちゃんは気にしないからなー。ある時、なんでか気になって訊いてみたんだー。……なんでかなー? そしたら――」


「うん」


「『ああ? 血が繋がってるかどうかじゃねえだろ……バカくせえ。オレがそう思ってるからそうなんだよ。放り出す? バカ言え。一度面倒見ると決めたら最後まで面倒見るのがオレ流なんだよ。気にせず生きろ。オメーはオレの孫だ』って言われたー」


「そっか」


 だから『父ちゃん』じゃないのか。


 爺さんの『息子』で爺さんの『孫』……か。


 初めて飲んだ酒に酔っているのか、少し顔の赤くなったパーズがコップを置いて言う。


「だからなー、ちゃんと最後まで面倒見るんだー。ちゃんとお金稼いで――ちゃんと生きて帰すからなー。それまでお前はオレのだからー……オレが頑張るなー」


「はい」


 なんてことはない。


 しっかりと爺の背中を見て育った爺ちゃんっ子ってだけだな。


 フラフラと立ち上がるパーズは……ガンテツさんに酒が弱いらしい。


「こんなのよりジュースの方が絶対美味いなー?」


「俺もそう思います(同調圧力)」


 ヨロヨロと歩いて……ガンテツさんのいるベッドに飛び込むパーズは、目的の場所に着けたのかどうか……。


 呻き声を上げる爺さんにちょっと笑いが溢れた。


「オーケー、わかった、約束な。ちゃんとよ……ガンテツさん」


 そういう約束らしいからね。


 ……危ないことはないと信じてるけども。


 パーズの寝息と、ガンテツさんの苦しげな息を背に、俺も休もうと灯りを消した。


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