第461話


 港を出たギルドの船は進路を西へと取った。


「西の『中継島』辺りで、あんたの言う水の中でも呼吸の出来る魔法ってのを見せてもらう」


 案内された広々とした船室で、テーブルの上に広げられた海図を指差してギルドマスターはそう言った。


 特にベッドなんかは無い、テーブルと本棚があるだけの部屋だった。


 しかし壁に掛けられている地図からすると、測量室か何かだと予想出来る。


 テーブルに広げられた海図には、中央にデカデカと満月を抱いた三日月のような島が記されていた。


 この島が、この国の『首都』みたいな認識でいいのだろうか?


 右の方にある島は……なるほど、東の果て辺境である。


 ギリギリ端っこの方に載っている群島が、恐らくは俺が今いる現在地になるのだとすると…………ガンテツ島は見切れているレベルだ。


 北の方に大陸が覗くということもないので、本当に領地と領海しか表してないのだろう。


 ギルドマスターが指差しているのは……『中継』なんて言っているが、右端の群島の一つに数えても違和感のない島だった。


「近い……ですね」


 これならさっきの島でも良かったんじゃない?


「まあね。そもそも中継島ってのは、ギルドの巡視船が一々本島まで戻る時間が無い時に船を停めるためだけの島だからねえ。本国とのそれを考えてたんなら、悪いけど関係ないよ。北と西にそれぞれ二つ、そういう島を整備してあるけど……今回使うのは西だ」


「北は下手したらられてるかもしれんからな」


 ギルドマスターの説明に、ガンテツさんが言葉を被せた。


 その言葉にギルドマスターが頷く。


「ガンテツや探海者共を襲ったって奴らは、どう考えても大陸側から来てる。ずっと潜ってきたってわけじゃないだろうから……何処かに乗ってきた船がある筈だ。北から来てるってんなら、北の中継島は本命だろうね」


「……連絡とか取れないんですか? その中継島……。ほら、見張り置いてるとか?」


「普段使わない島に人を割くわけないだろ? ただ、奴らの目撃情報や攻め方からして……北から流れて来てるのは分かるよ。西は本国との連絡船も出てるからね、潜むには適さないし……南は水棲の魔物の出る海域だ。羽を休める場所じゃない。自ずと潜んでる場所は北から東だと判別がつく……」


 スーッ、と指で右端にある群島の北から東を丸く囲うギルドマスター。


「今敷いてある警戒網からして、島の西側は一番場所だからね。奴らが近付こうってんなら一目で分かるよ。魔法の検証をするんなら、ここがベストさ」


 なるほど。


 確かに地図上で言うなら、最も見つかりにくい場所だと思える。


 でも……。


「北から入って来たんですかね? もしこっちの……それこそ西から入ってきてたら、この島も安全とは言えないんじゃ……」


 今度は俺が、三日月島から右端の群島へラインを引くように指を動かすと、ギルドマスターは…というかガンテツさんや部下を含めたパーズ以外の皆が訝しげな表情になった。


「なんのために? ……本国に潜入出来たのに、わざわざ辺境にやってくるんだい?」


 代表して訊いてきたギルドマスターに沈黙を返す。


 そ、……そんなの知らないでしょうが?!


 俺はただ、『決め付けるのはよくないのでは?』という小心者の保証が欲しい精神の元で言ってるだけだよ!


「ガ、ガンテツさんを殺るため……とか……」


 言いながらも下がる室内の温度に、違うんだろうなあというのは分かった。


 いや……素人やねん! 分かれ!


「ガンテツは、確かに名の売れた探海者……他国にも聞こえる冒険者だとは思うよ? そりゃ戦力を削るための標的の一人にはなるだろうさ。でもねえ……」


「それを目的とはせんだろうな。戦線布告まであったんなら尚更だ」


 聞き分けのない子供に言い聞かせるようなギルドマスターの、言いづらそうな言葉尻を、ガンテツさんが受け継ぐ。


 畳み掛けるようにギルドマスターが言う。


「そもそも海賊共が引っ張ったのは北の警戒線だよ。間違いなく北の網の目を広げたんだろうさ。そこから入ってきたと考えるのが自然じゃないかい?」


 『決まり』だと言わんばかりの雰囲気に素人はギャフンですよ。


 へーへー、すいません、黙ってますよ。


 顔には出さないように不貞腐れる俺に、苦笑気味のギルドマスターが続ける。


「まあ、あんたは陸者だからね? 眉唾の魔法もそこまで期待してわけじゃないから、気負うんじゃないよ。島の防衛や、連中の警戒はあたしらの仕事さ」


「そうだぞ? オレの家の補償もギルドがしてくれる」


「それとこれは話が別だよ。離れ小島に勝手に住み着いてる爺の補償なんかするわけないだろ」


「なんだよ? ケチケチすんなよ」


 喧々と言い合いを始めた二人に、犬も食わぬとする部下の人よろしく部屋の隅へと移ると……つまらなそうに海図を眺めていたパーズと目が合った。


「あのなー、でもオレもなー、不思議には思ってたからなー」


「……何が?」


「なんでなのかなー……ってなー?」


 ああ……そりゃ、やっぱりガンテツさんを殺るついでに……というかガンテツさんがで、東を取るためなんじゃない?


 拠点の確保ってやっぱり重要だし。


 気にはなったけど、人の少ない東側を拠点に定めるのって言われてみれば普通。


 本国も西側なら定期船とかあるだろうから、リスクを考えると『やっぱり……』とは思う。


「まあ、西が安全なら文句も無いんだけど」


 まだあの体がクソ重くなる魔晶石の対応策も聞いてないことだし。


「西は、一応ギルドが確認してるらしいからなー。警備のための船も出てるしなー、大丈夫だと思うぞー」


 そりゃありがたい。



 ――――じゃあ『こんにちは!』してる俺の嫌な予感君は無視していいってことだね?



 ……たぶん、色々と起こり過ぎて不安に思ってるだけなんだよ…………たぶん。


 珍しく熱心に海以外を見ているパーズを見ていると、……本当に何か起こりそうな気がしてくるから不思議だ。


 パーズの視線の先にある海図を、俺もなんとなく眺め続けた。


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