第451話


 しかし我々一般庶民には関係がない。


 もしかして戦争にでもなるんじゃないかと思えば、ガンテツさんの顔の苦味にも納得出来る。


 どうにもギルドの人に頼られるぐらいには顔が利くようだし……。


 何らかの面倒事が舞い込んで来そうな気配はある。


 しかし――だからといって虎穴に入る義務があるわけじゃないのだ。


 知らん知らん。


 ついでとばかりに漁師の人から今夜の宿として空いてそうな宿屋の情報を仕入れたガンテツさんは、まずは荷物を置くと宣言した。


「その後でギルドに報告に行くぞ。……なんだその面は? もしかして自分テメーは関係無えとでも思ってたんか? オメーらも襲われたんだろうが! 証言しろや、証言! オメーもだぞパーズ!」


 我関せずと屋台の焼き鳥を見ていた孫娘にも、祖父の一喝が飛んだ。


 市場でも無さそうな往来だというのに、今日は人が列を為している。


 ガンテツさんの周りに生まれる怖さのエアポケットのお陰で、荷物を持っていようと快適な歩行が可能である。


 フラッといなくなりそうなパーズを、ガンテツさんが肉親の誼みで直ぐに捕捉している。


 ……しかしまあ、パーズはなんとも思ってなさそうなんだけど…………周りの人の方は、ガンテツさんの怒声にビビリ散らかしていた。


 何を言うでもなく、俺達の進行方向が開けられているのだから間違いあるまい。


 やがて着いた宿屋は小綺麗で小ぢんまりとした建物だった。


 知り合いだという宿屋の店主と会話するガンテツさんの手振りに応えて、荷物を運び入れる。


「二階の手前の部屋だよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 持っていた木箱を何処に置いたものかと悩んでいると、恰幅のいいおばさんが階段を指差してそう言った。


 そして突然投げられる部屋の鍵を、身体能力強化を活かしてキャッチした。


「……よく取れたね?」


 じゃあなんで投げたんだよ……。


 咄嗟に木箱を片手で支えるになったが、身体能力強化魔法を三倍にしていたので問題なかった。


 両強化の二倍よりもパワーダウンするが、魔力の減りが微々足る物なので残量を気にせずに使えるから便利だ。


 驚いているおばさんに一礼を入れて、パーズと一緒に階段を上がる。


 ガンテツさんの持っていた木箱も、今は俺の持ってきた木箱の上だ。


 南京錠のような鍵を開けて部屋に入ると、中はベッド二つにソファーとテーブルというシンプルな内装になっていた。


 奥にある扉が一つ――恐らくはトイレかシャワーだろう。


 ギルドに報告に行くと言っていたので腰を降ろすようなことはせず、パーズ共々荷物を置いて部屋に鍵を掛けた。


 階下に降りてガンテツさんと合流すると、宿を出て早々に今後の動きを説明してくれた。


「夜は屋台飯にするぞ! 今日は食堂の客が多そうだからな! 酒も買い込んで部屋で食う!」


 周りの喧騒に負けない声で叫ぶガンテツさんに、了承とばかりに頷きを返す。


 どうやらガンテツさんの方も今回の件に関わるつもりはないのか、その後の話も「暫く漁には出ねえ!」だの「荷物の上げ下ろしと陸の輸送が美味そうだ!」だの……海賊討伐とは関係のないものだった。


 俺としてはホッとしたよ。


 さすがに切り札的な魔法を封じられてまで危なそうな海賊討伐に乗り気にはなれない。


 あれの対処法とかは知りたいけどね?


 あれこれと話すガンテツさんの後について、一際大きな建物の前にやってきた。


 ウエスタン映画に出て来そうな三階建ての酒場っぽい建物だ。


「あー! ここだ、ここ! ここが『海命ギルド』だ!」


 特に感慨とかは無いのか、躊躇することなく歩を進めるガンテツさんだったが……。


 扉の前にたむろしている……それこそ『お前らの方が海賊だろ?』という若者グループに俺は二の足を踏んでいた。


 なんか……潜伏してそうな工作員とかよりも、ああいう如何にもな不良っぽい奴らの方が敬遠しちゃうよね?


 人垣をモーゼのように割りながら進むガンテツさんが、仲間内でダベっている不良の目に止まった――



 そして電光石火とばかりに空けられるスペース。



 もはや『門番なのか?』と営業妨害をしていた若者グループは、全員が立ち上がり身を縮め明後日の方を見ている――ガンテツさんと目を合わせないようにしている。


 本当にどういう人なんだろう……。


「おい! 今度はテメーか? フラフラすんじゃねえや! ちゃんと付いてこい!」


「あ、はーい……」


 足を止めていた俺のせいで、ガンテツさんが扉の前……ちょうど若者達が談笑していた場の中心で振り返って叫んだ。


 ……なんかゴメンね? 邪魔しちゃって。


 叫ぶ際には若者は一律ビクリとしていたので、もしかしたら顔見知りなのかもしれない絡んだことがあるのかもしれない


 ガンテツさんとパーズの後について、横に不良の置き物があるウエスタンっぽい両開きの扉を潜った。


 中は外より煩かった。


 酒場っぽいというか酒場だ。


 地元から一番近い街にある冒険者ギルドにも酒場が併設されているのだが、ここよりは規模が落ちるな……。


 吹き抜けのある酒場は……どうやら二階までテーブルがあるようで……笑い声なのか怒鳴り声なのか判別のつかない声が飛び交っている。


 荒々しくジョッキを振るい、出された食べ物を手掴みで食べ、時折食器と食い残しが罵声と共に飛んだ。


 いやー、凄いな……テッドのイメージそのままの冒険者ギルドじゃん。


 誇張し過ぎたテッドのお伽噺が、ここに来て幾つもハマるというのだから……異世界って怖いよね。


 そんなバカなと鼻で笑っていた自分に警告してあげたいや。


 しかしそんな混沌とした酒場には踏み入れることなく、『あったのか?』と思えるほど小ぢんまりとしたカウンターにガンテツさんと向かった。


 フラッと酒場の方へ足を向けたパーズの手を握って。


 いや、行かせねえよ? いくらなんでも……というか、あそこに迎えに行くのは勘弁……!


「あ、ガンテツさん! どうもです!」


「よお」


 パーズと無言の応酬をしていると、ギルドの向こうにいた制服っぽい服を着た受付のお姉さんが、ガンテツさんに声を掛けてきた。


 ガンテツさんの方も早いところ話を進めてしまおうとしているのか、幾分か口調が柔らかい。


「あー……今、国の中でボヤ起こしてる奴らについて情報がある。まず――」


「承っております。どうぞ、ギルドマスターの部屋に」


「……あ?」


 …………うん?


 今、『ギルドマスターの部屋に行け』って言った?


 へー、そうか、ふーん……こんな気持ちになるんだなぁ。


 よくあるテンプレ展開に……しかしガンテツさんの表情とシンクロして俺の表情も歪む。


 ……テンプレ嫌いになったらどうしてくれんの?


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