第452話
ギルドマスターに会うのは今生で二度目だ。
だからといって一度目も別にいい思い出じゃない。
出来れば二度目なんて遠慮したいんだけど……。
カウンターの横から職員用のスペースを通って部屋の奥。
二階や三階に行けと言われることもなく、忙しなく働く職員さんを横目に事務室っぽい所に通された。
書類が山と積み上げられた机のある部屋だった。
本来は応接用のソファーに
他に人も居ないので、どうやらこの人がギルドマスターらしい。
…………女の人だな?
結構珍しいんじゃないだろうか?
燃えるような赤い髪は鬣のように荒々しく、目を閉じてはいるが整っていると分かる目鼻立ちと唇に引かれた赤いルージュがよく似合う。
女性的なラインを描く胸元や括れはラフな服装で包まれ、腕を枕に静かな寝息を立てている。
ともすれば邪魔するのは悪いのではと思える偉容だ。
どうしたものか――――なんて考えたのは俺だけだったらしい。
ツカツカと勝手知ったる部屋のように遠慮なく部屋を横切ったガンテツさんが、寝ている赤い髪の女性の頭を
結構な勢いだったらしく……パシッ、という軽い音ではなく、バシッ! という強い音が響いた。
「人呼び付けといて寝てんじゃねえわ! いつからそんな偉くなった? ああ?」
いや偉い人ちゃうん?
「いっ…………?!」
寝覚めの一撃に悶える女性のギルドマスターに、ガンテツさんが言葉で追い打ちを掛ける。
「お前が起きるまで待つほど暇じゃねえぞ? なんだ? 用があるならさっさと話せ」
そう言って、ドカッと一人用のソファーに腰を降ろすガンテツさん。
もうどう見てもガンテツさんがギルドマスターです。
悶えていた赤い髪の女性が、髪と同じ眼の色を潤ませながら言う。
「あ、あんたねえ?! あたしゃもうギルドマスターなんだよ?! 一介の探海者風情に殴られてやる義理は無いんだけど!!」
「お前の立場自慢なぞどうでもいいわい。それよりなんだ? わざわざ呼び出しといて茶飲み話でもねえだろ。さっさと話さんかい」
どうもお知り合いっぽいなぁ。
置いてけぼりを食らった俺とパーズは、扉の前で立っているしか出来ない。
以前会ったギルドマスターより、よっぽど柔らかい雰囲気だけど……。
怒っているギルドマスターを放って、ガンテツさんがタバコのような何かを噛み始める。
先程の漁師の人も食べていた何かだ。
もしかしたら漁師の間じゃメジャーなものなのだろうか?
とりあえず村じゃ見たことないなぁ……まだタバコの方が馴染みが深いよ。
ガンテツさんの態度にギルドマスターの女性が睨むように告げる。
「……強制招集が掛かるよ」
告げられたのは……物騒な単語だ。
俺の嫌な予感レーダーがビンビンに反応してやがる。
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、ガンテツさんの雰囲気も真剣味を増した。
「……
「いいや、
「ふざけんじゃねえ。なんのための等級だと思ってんだ? ただの物売りまで引っ張り出すんじゃねえや」
「本部からの決定さ、もう覆らないよ。今朝方、帝国から宣戦布告されたんだと」
「知るかよ。なんのための海軍だ? 税だ何だと巻き上げてる分は働きやがれってんだ」
「うちの主力探海者は軒並みマークされてるだろうからね……注意喚起と共に事情を話してあげてんの。その様子じゃ遅かったみたいだけど」
「どうりで家を焼かれるわけだ……面倒臭え」
「もう伝えたからね? 聞いてないって逃げたりは出来ないよ。何故か東を押さえに掛かってるから、うちが一番乗りするって話だし」
「来るんじゃなかったわ」
真剣に言葉を交わすガンテツさんとギルドマスター。
……しかしながら所々で知らない単語が邪魔をする。
解説よろしくパーズへと尋ねてみた。
「探海者って何?」
「あー。海命ギルドになー、登録した冒険者のことをー、そう呼ぶんだー。うちの国は海ばっかりだからなー?」
なるほど。
ダンジョン専門の冒険者を『探索者』って言うようなもんか……。
「等級って言うのは?」
「探海者の位だなー。登録したては『四』なんだー。オレも四だー。ほとんど何の優遇措置も無いけど、ギルドで売り買いするのに資格が必要でなー? 本島で暮らしてるほとんどの住民が四だと思うー」
…………おいおい。
それはつまり――――
「まあ、そういうことだね? 理解したかい、漂流者くん」
嫌な予感に顔を歪ませていると、赤毛のギルドマスターが不敵な笑みを浮かべながら会話に割り込んできた。
ちょっと、邪魔しないで貰えます? 今、雇い主とのコミュニケーション中だから!
こちらの意図を介しているのかいないのか、ギルドマスターの女性は続けた。
「成人は全員参加の全面戦争ってわけ。わかる? 一時的にだけど海軍が引っ張られてったのが痛いね……戻るまで間に合わせなきゃいけないから、三等級だろうと四等級だろうと使うよ。連中、うちに喧嘩を売るぐらいだから、海戦が上手くてね? 余裕なんて見せらんないのさ」
少しばかり申し訳無さそうな笑顔になったギルドマスターに、お役人っていうのは何処も大変なんだなぁ、という場違いな感想が浮かんだ。
勿論、現実逃避である。
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