第450話
さすがに本島の近くにまで出没するわけじゃないのか、本島が見え始めた辺りから見られているような気配が消えた。
代わりとばかりに、昨日よりも増した船の数がお出迎えだ。
……なんで出港しないんだ? すげー混雑してるんだけど……。
ギルド専用とも思える船着き場でさえ、ギルドの船なのであろう同じ型の船で埋まっている――ばかりか、小舟の係留所ですらギチギチだ。
お陰さまで小舟の上を渡って港に着けるって寸法よ。
連環の計なの?
「なんだこりゃあ? なんでこいつら出港しねえ? またシーサーペントでも出たかあ?」
ガンテツさんも例に漏れず、荷物を担ぎ上げると近くの船に危なげなく飛び移った。
危ないのは発言の方だね?
「なんて? 今なんて言いました?」
同じく荷物を一つ抱えて後を追う俺が焦りも露わに聞き返すと、ガンテツさんが事も無げに答える。
「だから、なんで出港しねえのかって言ってんだよ」
そっちじゃねえよ。
出るのか? ここら辺の海にはシーサーペントとやらが? テッドの作りお伽噺とかじゃなく?
なんて危険なんだよ異世界の海……砂浜に泳いでいる女性なんかもいたもんだから、こっちにもあると思っちゃったじゃんビーチ……。
取り戻せ青春が
しかしそんな物が出るんなら一夏の思い出が一生物のトラウマになりかねん。
……もしかして本島から離れて小島に住むってかなり危険なんじゃない?
今更ながら、ガンテツさん達の住環境に疑問だよ……よく一夜明かせたなぁ。
そんなシーサーペントも歯牙に掛けない魔王様は、木箱一つを肩に抱えてヒョイヒョイと余所の小舟を足場に渡っていく。
結構難しいのは、身体能力を強化しても遅れている俺を見たら分かるだろう。
……船の重心を計るのが難しいんだ、決してバランス感覚が悪いとかじゃなく。
軽快な足取りのガンテツさんが、未だ小舟に残っている漁師を見つけて話し掛けた。
「おう、なにボヤボヤしてやがる。もう日も高いってえのにまだ港かよ? 今日の酒代を取りっぱぐれちまうぞ?」
「よおガンテツ。テメーも稼ぎに来た口か? 情報か賞金か……へへへ。ケツの青いガキ共に混じって『海賊狩り』の復活か?」
「……なんだよ、面白そうな話じゃねえか。少し歌えや、聞いてやるから」
そう言って銀板を取り出したガンテツさんに、小舟の漁師が笑みを浮かべながら首を振る。
「いらねえよ。酒場周りの鼠共と一緒にすんじゃねえや。――海賊が領海スレスレで出たり入ったりしてるのは聞いたか?」
「おう。ギルドの半人前共が上手な捕え方なんざ訊いてきやがったわ。これだから十年と海を知らねえ素人はいけねえ」
「それがそうでもないらしいわ。ありゃ『釣り』だ」
「『釣り』? ……あ~、そういうことか。で? どっちだ?」
「そんなもん、喧嘩上等を掲げる東側の国だろうよ。なんせあっちは『大陸制覇』なんて真面目に掲げてやがる。バカげた話だが、あっちにゃ本気ってな? 西はまだまだ国の数も多いからよ、『釣り』なんてする余裕も無ぇさな」
「『釣り』ってなんですか?」
追い付いた俺が横から口を出す。
ちなみにパーズは縄や銛なんかの軽い物を引っ提げて、いつものように海を見ている。
……これだけ大変な目に遭っているというのに、もう興味無さそうなんだけど……。
嘘だよね?
話の流れからして、パーズやガンテツさんを狙った賊と関係ありそうなので訊いてみた。
漁師のおっさんが話を遮られたからか怪訝な表情でガンテツさんへと問い掛ける。
「なんだこいつぁ?」
「パーズが拾った。珍しいことに独りで溺れてやがった」
「ははあ! あっはっはっは! 独りぃ?! なんでえ! そんなバカがまだ居たのか? 案内人をケチった他所の国の冒険者か何かか? ふくくくっ……あっはっはっはっはっはっ! あー……笑かしてくれるぜ! なあ? よお兄弟! 泳げるからって海をナメてた口か? それともドジ踏んで船からでも落ちたか!」
なんか知らんが……ここらで溺れるってことはよっぽどおかしなことだというのは分かった。
「ぶっちゃけ流されました」
雰囲気とかに。
もはや息も絶え絶えと漁師のおっさんが笑う。
「あっ……! はっ――!! はぁ……はぁ……ははは! は、腹が痛え……! 言うに事欠いて『流された』はねえだろ? ふふふ……面白い奴め。よし、いいぞ。なんだったか? ああ、そうだ……『釣り』か? 『釣り』について聞きたいんだったな? 教えてやるよ」
「お願いします」
出来ればウェットスーツの人達を襲って高価な魔晶石を奪っていいのかどうかまで、よろしゃす!
一息ついた漁師のおっさんが、タバコのような物を咥えながら――……いや、食べてんな? なんだそれ? ――話す。
「あー……いいか? 領海ってえのが海と接する国にはあって、そこは自国の領土と同じなわけよ。しかし明確な線引きされているわけじゃねえ。陸と違って関所を設けたりも出来ねえからよぉ。だけどここからここまでは『うちの国の海』ってえのをハッキリさせとかにゃいかん。要は自分達の縄張りだって主張する必要があんのよ」
そこまでは分かる。
「だから他の国の船……もしくは賊が入り込んだとしたら、それを追っ払うか沈めるかして主張するわけだ。うちの領海だー! ……ってな? それで最近、その領海のスレスレで海賊行為を行うバカ共が出てきやがったんだわ。こりゃ国は『ナメられたら堪らん』とばかりに沈めに掛かったんだよ。これも当然っちゃ当然だわな」
ふむふむ、確かに。
「しかし奴ら逃げ足が速い上に、気付けばスルスルと領海から離れて消えちまう。『追っ払った』って主張するには、短い期間で帰ってきてはまた航路を襲う。これにはお国も怒り心頭でよ? 段々と海賊共の撃滅に力を入れ始めたんだよ。最近じゃ有名な話だぜ? ガンテツから聞いてねえのか?」
「オレぁ、そんなことに興味無えからよ」
木箱を降ろして、その上に腰掛けたガンテツさんが鼻を慣らしながら言ってくる。
「最近じゃ、他の海で活動してた冒険者とかも集まってるぜ? キュラスの所が、ここぞとばかりに勢力の拡大を狙って声掛けてるっていうしよ。本当に知らねえのか?」
「知らん。……キャラウってのは聞いたことあるな? 『みかじめ』取ってる所じゃなかったか?」
「あーあー、あっちにゃお前さんが目の上の瘤だってえのによ……。まあいいさ。それで領海を出たり入ったりで仕事してた海賊共なんだがよ、さすがに数が増えたとなればオチオチ仕事もしてられねえ。逃げ回る回数も多くなってきた。これにはお国の方も効果有りと見たのか、追い回す数を更に増やして、せめて『追い払った』と言えるように戦線を上げたのよ――――それが罠だと分かったのが今日だ」
……あ、分かったかも。
「もしかして……国の内部が襲われた?」
「お? 理解したか。そうだ。連中どうにも他の国の息が掛かってたのか……というか他国が出した工作員か何かだったのか、戦線を上げたお陰で警備に空いた隙間から侵入した他所の国の兵隊がよ、今朝方になって各地で暴れ始めた、……ってわけだ。これが『釣り』の全容よ。出払ってたギルド員なんかにゃ、まだ海賊とでも思ってる奴もいるんだろうがなぁ。とても海賊には思えねえぜ、ありゃグルだな――――帝国の工作員か何かだろう。だからその情報を売ったり、帝国海兵討伐の賞金を確認したりで、港は今、大盛り上がりってわけだ。抵抗出来る戦力が無い奴は海に出るのも自粛しててなぁ。それでこの混雑具合なんだわ」
……なるほど?
心当たりにチラリとガンテツさんの方を見ると、嫌そうな顔で舌打ちをしていた。
…………また面倒そうな事態だなぁ。
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