第448話
「――大丈夫だ!」
何か言われる前に、気付けばそう叫んでいた。
それでも――もどかしさから思わず船の縁を蹴って海に飛び込むぐらいには動揺していた。
海面を強く蹴立てることで、まるで地面を踏みしめるように海の上を走った。
小舟よりも早く島に着かんとするために――――
パーズの表情も見ず、返事も聞かずに小舟を後にした。
ドキドキとした不安は全然『大丈夫』そうではなかったが、パーズの前で本心を口にするのは憚られた。
――――二人で行くのは得策じゃない。
どうやら状況は俺が思っているより逼迫しているようだから。
もしも仮に――仮に、ガンテツさんが島を脱するのに困難な状況にあったとしたら……俺が単独で乗り込んだ方がいい――そう思う。
もしかしたら……見たくもないものを見せられる可能性も存在するからだ。
まだ出会ってから一日の……知り合いとも呼べないような俺の方がいいだろう。
眼前へと迫った島からは、ガンテツさんかそうじゃないかは分からないのだが……人の気配を複数感じ取れた。
一、二……五、七……全部で七人か。
ギルドの職員が戻ってきてガンテツさんと共に戦っている可能性もあるが……それにしては人数が少ない。
その場合は、どちらかの……あるいは両陣営から少なくない犠牲者が出ていることになる。
「急げ急げ……」
充分な速度が出ているというのに焦りが募る。
海面から砂地へと変化する環境に足を取らそうになる――が、強引に蹴立てて一気に飛び上がった。
一直線に黒煙の上がるガンテツさんの自宅へと向かう。
耳を風の音が流れていく中で、悲鳴のような叫び声を拾った。
――ガンテツさんの声ではない。
「生き意地汚く粘るんじゃねえわ! さっさと死ねや!」
……ガンテツさんの声だね?
黒煙が上がるガンテツ宅は、焦げたり欠けたりはしているようだが健在で……逆に何故まだ原型を残しているのかと問いたくなるほど、自宅周りのクレーターは深かった。
そのクレーターの中で、島にあった気配の一つ――ウェットスーツ姿の賊が、たった今、刺し込まれたであろう銛を引き抜かれているところだった。
噴き上がる血飛沫に体を濡らし、凶悪な顔面が更に極悪な感情で彩られている……パーズのお爺さんがそこには居た。
いやぁ……断トツで怖ぇよ。
なに? これの心配してたの……俺? 頭おかしいんじゃない?
着地と同時に向けられた視線に冷や汗が落ちる。
……味方だというのに目を合わせられなくて困ります。
「ああ? なんだオメー? なんで上から降ってきた? ……パーズはどうした?」
『答え次第では……』と手にした銛が言っている。
ち、違うよ……きっと残る五人を警戒してるんだよ……うん。
真夏の暑さのせいで出ている汗が、随分と冷たく感じるなぁ……。
「あの……パーズは小舟に乗ってます。えっと……どうにも他にもこんな奴らが居るようでして……俺達もこっちに逃げて来たんですよ……。ギルドへの連絡手段とか……助けとか……求めて……」
誰か助けてください。
ポタポタと落ちる赤い雫がガンテツさんの足元に水溜まりを作り始めるのが気になって気になって……!
「ああ? まだ湧いて出やがるか……結構仕留めたつもりだったんだがなあ」
ガンテツさんの言葉に荒れ地と化した家の周辺に目をやれば、動かなくなった人影がチラホラと散見された。
その数、実に二十にも
もう魔王様じゃん、手助けとかいらないじゃん。
もし漁の助けになれなかったらと希望を見出していた畑も黒焦げである。
薙ぎ倒された林と、唯一残る家と、面倒臭そうに溜め息を吐きながら銛で肩をトントンと叩く魔王様だけが在る――
ガンテツさんが言う。
「しゃーねえな、報告がてら本土に行くかあ。家がこんな有り様じゃ、オチオチ寝てもいられんわ。しっかし……豪華な賊共だぜ。火晶石のデカいのから、『圧』なんて珍しい派生魔晶石まで持ってやがる」
……海賊とは言わねえのな。
どうやらガンテツさんから見ても、こいつらは海賊に見えないらしい。
「まだ五人、この島に隠れてるみたいなんですけど……」
「――ほう? オメー、そういうの分かんのか? そりゃ見た目によらず
「逃げてますね……というか、追うとしたら反対側の……あの岩場の海岸まで行かなきゃならないんですけど? パーズが砂浜の方に来てる筈なんで……」
「そういや逃げて来たんだったな……追われてんのか?」
「いえ、追っ掛けては来てないみたいなんですけど……変な魔晶石を喰らって、ですね? にっちもさっちもいかないと言いますか……」
「そっちもか? こりゃ相当金掛けてんな。それだけに失敗は痛手だろうが…………よし! パーズ捕まえて本土に行くぞ!」
「うっす!」
黒煙の上がる自宅を堂々とした態度で歩み去る魔王様に、従うように付いていく。
なんていう安心感だろうか? もうずっと小間使いでいいよ、『ガンテツのお頭』とか呼んじゃえばいいよ。
虎の威を借る狐を地で行く俺に、先を歩いていた虎がピタリと足を止めた。
振り返らないまま言う。
「――――テメーがどうして近海に浮いてたのか、パーズが助け出したのは偶然だったのかどうか……聞かなきゃいかんことが増えたなあ。な〜に、疚しいことが無えなら答えられるさ。……あとで聞く。しっかりと言葉を用意しとけよ?」
「…………へ、へい!」
どうやら魔王様は俺も疑っているらしい。
出会ってから一日でこの有り様なのだ。
然もありなんですよ。
でもどうしよう……自分でも『全然関係ないんですよ!』なんて嘘くさいと思う。
正直に言ったところで魔王様の納得を得られるかどうか……不安だなぁ。
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