第446話


 いぃっ……?! いや、なんっ…………?!


 距離を詰める前――海の底を蹴立てる前に、体が俺の意思に反して動きを止めた。


 しかしそれは外部的な要因のようで……心臓の脈動や肺の収縮などは止まっていない。


 足や手も、動きはしないが力は入る。


 ――――なんだこれ?


 そこで近くにいる小魚も、テレビの一時停止のように止まっていることに気が付いた。


 海中に居ることで気付けた。


 


 恐らくは先程の魔晶石の効果なのだろう。


 俺を中心――というより、弾けた魔晶石を中心に三十メートル四方の物が動きを止めていた。


 海の底で揺らめいていた海藻も、海流に乗るように動き回っていた魚も、そして気を失っている賊の一人も。


 一枚の『絵』のように動きを止めている。


 目だけは判定なのか動かせるが……。


 止まる――というか『固められた?』ような感覚がある。


 生き埋めにされた時のそれに近い。


 と、するのなら――――


『んぎぎぎぎ!』


『……!』


 口から泡を零しながら全力で動いてみた。


 おっっっっも?! これ、戦え……るのか?!


 粘土を掻き分けるようにゆっくりと持ち上がる手足に、近付こうとしていた賊が驚いて足を止めた。


 後から近付いても『止まらない』のだろうか? だとしたら魔晶石の効果を考えての『逃げ』だった可能性がある。


 ……どうりでバラバラに逃げるわけだ。


 ぐぐぐぐ?! まんまとしてやられたなあ?!


 せめてもの抵抗にと踏み出した足に、集まろうとしていた賊共が様子見へと動きを変えた。


 もしかしてコンクリに埋められるってこういう気分なのかもしれない。


 ……求めてないって、そんな経験。


 これが魔晶石ならば、その効果は永続ではない筈だ。


 なら! いつかは! 効果が! 切れる……筈! むっちゃキツいな?!


 正直、強がってはみたものの……この状態で勝てるイメージは湧かない。


 だって動きが遅いんだもん……。


 殴っても効かないんじゃないの? …………遅っ?!


 試しに振ってみた腕は、ブゥン、という情けない効果音が付けられそうな勢いだった。


 まさに海の中にいるような動きを見せる俺に、立ち泳ぎを披露していた賊共がボーガンを構えた。


 なるほど、水陸両用なのね?! よく考えられていらっしゃる!!


 その射線から逃れようにも、まさしく水を掻き分けるような動きしか出来ない。


 距離を保たれながら、手早く矢を装填された。


 ええい! ならば先手必勝だ! 取っておきを喰らえええええ!!


 練り上げた魔力が無数の風の刃へと変換される。


 音を伝達しない水の中にあって、しかし『バシュ!』という音が聞こえそうな程に……風の刃は生まれては――消えた。


 どうやら水の中にあって風の魔法は効果を発揮しないらしい。


 ……火柱を選択しなかっただけ褒めて欲しいや。


 こちらが何かしたことに気付いたのか、向こうの動きが早まる。


 今の強化魔法の倍率は――――併用の三倍超人仕様


 喰らっても、耐えられる! …………筈だよね?!


 与えられるダメージを考えて両強化の四倍に頼らず、効果切れを待つ。


 なんなら両強化を四倍にしたほうが死にかねんからね! どうなってんねん俺の魔法は?!


 歯を食いしばって、狙いを定められているボーガンを見つめた。


 ――――突然、激しい海流が渦を巻いた。


 海の中にあって逆らえる者なく――逃げ惑っているのか流されているのか、小魚共が海流に乗ってやってくる。


 黒い装いが眩しい、人の形をした魚人魚姫と共に――――


 パー―――?!


 驚く間にもパーズは海中を駆けた。


 突然の海流に流されまいとしたのはウェットスーツの賊共もそうだったらしく、その水着の効果なのか何故かその場に留まれていたのだが――パーズの奇襲にまでは対応出来なかった。


 流れに乗るパーズは更に速く、瞬く間に賊との距離を縮め――向こうがパーズを確認した時には既に一撃を貰っていた。


 パーズの手にした銛が賊の胸へと吸い込まれ――――そして弾かれた。


 それでも打撃としての効果はあったのか胸を押さえる賊を尻目に、海中を我が物と駆け回るパーズ。


 俺に照準されていたボーガンがパーズへと向けられる。


 マズッ――――?!


 未だ効果が切れない体で、それでも前へと駆け出して――――ボーガンの矢を避けるパーズに魅せられた。


 踊るように避けていく。


 水中にあって空中と近い速度で撃ち込まれるボーガンは、しかしパーズの速度には敵わず……海流の影響もあってか掠りもしない。


 螺旋を描くように矢を避ける様は、まるで遊んでいるかにも感じられた。


 ……え? 強ない?


 呆気にも取られる。


 海流の中にあって……なんなら海流すら味方に付けているように見えるパーズは、多対一という状況なのに危なげなく賊の攻撃を捌いている。


 しかし賊の取り出した魔晶石で、俺は顔色を変えた。


 あれは本気でマズい――――!


 味方ごとやる気だ。


 賊の間を縫うように泳ぎ回っているパーズに、魔晶石が放たれる。


 効果は瞬く間に現れた。


 縦横無尽に泳いでいたパーズの動きが、足をバタつかせていた姿勢のままピタリと止まったのだ。


 そこから沈むということもなく、海中に貼り付けられているかのように――


 俺の『停止』効果が切れるのと、賊が矢を撃つのが同時だった。


 反射的に魔力を練り上げてしまっていたため、次の行動が遅れた。


 間に合わない――――


 しかしはパーズの味方をした。


 荒れ狂う海流がパーズを押し戻し、あまつさえボーガンの矢を逸らしてしまったのだ。


 『固められた』周辺の海は、同様に止まっているようだったが……。


 影響下になかった海流が怒涛のようにパーズを押し流してしまった。


 賊の放った矢と、パーズを分けるように、右と左へと――――


 そんなことあるぅ?!


 しかし疑問に思う間もなく流されるパーズに飛び付いた。


 海の中は不利だ! ――少なくとも俺は!


 再び固められては堪らない。


 そのままの勢いで海中から飛び出し、


 よし、イケる!


 パーズの目が、物言いたげに俺を見ている。


「待って! 分かる! いや全然分かんないけど待って! 後にしよう、後に! 今は逃げるわ!」


 固められたと感じるのは本人だけなのか、お姫様抱っこされるパーズの体は普通に柔らかかった。


 関節が曲がらないなんてこともない。


 爆発的な水飛沫を上げながら、俺はパーズが残した小舟へと一目散に走った。


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