第444話
船守りをパーズに任せて獲物を取ってくるからと海に飛び込んだ。
上着だけ脱いで海パン兼用のハーフパンツ一枚になった姿は、どう見たところで防御力ゼロだろう。
……たとえ『布の服』でも裸とはまた心持ちが違うと知った。
心許さ半端ないな……!
パーズに見つかるとまた面倒なので、息が持たなくなるギリギリのところで『水中呼吸』の魔法を使う。
これで海面に上がることなく目的の場所まで近付けるだろう。
奴らも俺を見失っている筈だ。
うぅ…………嫌だなぁ。
本来なら驚きと興奮に包まれてもおかしくない透明度の高い異世界の海で、凶暴な魚と目的不明の人影にビビっている。
なんら楽しめないではないか。
これはあれじゃないの? 水着回ってやつじゃないの?
温泉回と含めてサービス回と呼ばれるヲタクの常識に異世界が物申している。
……いいじゃない?! 偶には俺にも思春期特有の甘酸っぱい展開があってもさあ?!
『そんなんじゃ自分の口の方が傷付くだろ?』とツッコまれんばかりの乱杭歯が飛び出しているアンコウとサメを足して二で割ったような魚から岩陰に身を隠しつつ運命を呪った。
しかし俺はまだ信じている。
――――いくらなんでもそこまで運が悪い筈はない、って。
開けてビックリという展開は人に付き物なのだ。
『何か憑いてんじゃないの?』ではなく。
パーズは違うと言っていたが……どうせパーズの水着見たさで出歯亀しているセージ(お役人)か、偶々こちらの海域にいる魚を所望された漁師一行といったところなのだ。
絶対そうだって……いくらなんでも海賊話が出た早々に遭遇したりしないって。
理論的な説明をすると、どうやってここまで来るのか? という問題がある。
海賊に取ったら敵陣営の奥深くなのだ。
近付く意味さえない筈なのに、警備の厳重さを考えれば、ちょっと明後日過ぎる思考だろう。
あくまで最悪を想定したものだから。
本命はパーズのストーカー辺りだと思っている……それも充分に悪いことだけど。
その場合はガンテツさんに言いつけちゃえば……ねえ?
これが『世渡り』という人の世を泳ぐための手段である。
自分の手は汚さないという……カッコつけて『俺の泳ぎを見せてやろう』なんて思ったけど、見せつけられたのは大人の汚さというオチ。
開けてビックリという展開は人生にして往々にあるから。
それでもショックを受けないようにという配慮の元、姿を隠して小島に近付く。
途中、魚に見つかって一戦交えることになっても困るので隠れながらだ。
そうなると流石に気付かれるだろうし。
レンズが覗いていた小島の近くまで来ると、両強化魔法の段階を一つ下げた。
戦闘職でもない出歯亀を両強化三倍のまま殴ったらバラバラになってしまうだろうという考えの元だ。
割と暴力に躊躇が無くなってきている考え方が……ふと『染まったなぁ』なんて気持ちにさせる。
…………平和的に行こう、平和的に。
まだ何かされたってわけじゃないんだし。
ワンチャン……という普通にこっちの漁を見学してただけってのもあり得るから。
ゆっくりと海面に浮上して、近くなった人の気配に確信を抱きながら小島の様子を探っていると――――
恐らくは原因と思われる人物を発見した。
背後からの接近が良かったのか、複数人いるうちの一人が、茂みから半身を曝け出している。
というかそれほど大きな小島じゃない。
岩場と茫々に生える草だけの、ちょっとした広場程度の敷地しかない――
その茂みに寄せ集まって姿を隠しているからか、一人だけ飛び出しているという状況だ。
飛び出している方向を考えるに……恐らくはパーズの方を意識していると思われる。
あちらから見えない方にしか姿を晒してないからだ。
しかもその姿というのも――――
「……」
……ここ異世界だよね? もしかしてすっごい未来の地球とかいう可能性はないよね?
ウェットスーツだ。
いや、正確には分からないけど……前世で一度だけダイビングをしたことがあるのだが、その時の姿によく似ている。
ボンベのような物は背負ってないのだが、小物が入りそうなサイドポーチを付け、犯人も斯くやとばかりの黒尽くめに、頭部を覆うガスマスクっぽいフルフェイスの兜? か何か……。
やめてくれよぉ……これ以上怪しくならないでおくれよぉ……。
手足にフィンなどは着いていないのだが、一人が望遠鏡を持っていることから、もしかしたら他の奴らも何らかの道具を持っているのかもしれない。
もう海賊かどうかなんてどうでもよくなりつつあった。
だって下手したら海賊よりも怪しいし……。
…………これもまたこの国のお役人さんとは言うまいね?
パーズの安全を配慮して一人で近付いたための弊害だ。
俺の想像する海賊や出歯亀の姿からは掛け離れ過ぎて予想外に戸惑ってしまう。
これは……声を掛けるしかないか?
いきなり殴り掛かって『あ、やっぱり漁師だった』では問題になるだろう。
もしくは出会えていない海の魔物を狩るという冒険者の一般的なスタイルという可能性も…………あるかなぁ?
一先ずは拳の射程圏内に収めようとギリギリまで潜って近付き、いざ島に上陸を――――としたら、
手を掛けた岩場が爆発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます