第443話


「……参考までに聞きたいんだけど、この近くの島には他の漁師の人も住んでるんだよね?」


「そんな物好き、爺ちゃんの他に居るわけないよなー」


 嘘だと言ってよ……。


 群島と言うだけあって、本島程の大きさはないが小さな島が幾つも浮かんでいるガンテツ島近辺。


 中には直径が数十メートルぐらいしかない物もある。


 当然なのだが、人が入植していなければ手入れ をされるようなこともないわけで……。


 身を隠すのに適した木や岩が荒れるがままに放置されている。


 …………まだだ! まだ終わらんよ!


 オールを漕ぐ手を止めたパーズに振り返り言う。


「でも他の漁師だってこの辺には来るわけじゃん? となると……休憩のために手頃な島に上陸を果たすことも無くは――」


「無いなー」


 どっち?!


 しっかりと首を左右に振っているパーズに、しかし一縷の希望を込めて聞き直す。


「いやいや……いやいやいや嫌ぁ?! 分からんでしょ? 疲れたら……波に揺られてたくない時だってあるかもしれないでしょ?!」


 つまりそういう人が休んでいる可能性だって――


「そもそも、ここらに他に漁に来る奴がいないからなー」


「それはおかしい」


 いや……隠れ潜んでいる気配が、じゃなくね?


 パーズの言い分が、だ。


「だってだって! さっきも……その、なんだっけ? 毒入りの魚! 美味しいって言ってたじゃん?!」


 毒は! 美味しいって!


 つまり需要があるって!!


 はい論破! そんなに美味なら他の漁師が取りに来てもおかしくないと思いますぅ!


「わざわざ毒魚を取りに来る奴なんていないぞー?」


 ちくしょう!


 グッと目を瞑る(ていうか目を瞑りたい)俺に、パーズが続ける。


「水棲の魔物を狩るんなら、そういうのが居る海域に行くんだー。でも普通に漁をするだけなら、普通の海域でいいなー? ここらはが居るせいか、あんまり旨味がないって言われてるんだー。だから滅多に人は来ないなー」


 凶暴な只の魚というパワーワードよ。


 もうそれ魔物じゃん?! どう違うんだよ?! 昨日の奴でしょ?! あんちくしょうあの畜生


 そういえば食べる所も無ければ取る所も無いと打ち捨てて行ったっけ……。


 ガンテツさん程の腕自慢ならともかく、普通の漁師があんな凶暴な魚がいる海域をウロウロするメリット……。


 …………俺には思い付かない。


「魔物相手に縄張りを主張出来る魚ってなんだよ……」


「なー?」


 そんな所に住んでる君らも何なん?


 オーケー、わかった、潔く敗北を認めよう、俺の負けだ、勘弁してくれ(切実)。


 主義主張に反するが……話の流れ的に隠れ潜んでいる奴らを海賊(推定)共と定めよう。


 ……仮定ね? あくまで仮定。


 ぶっちゃけ漁師の人でなければ、海命ギルドの人……というかパーズのストーカーかもしれないと思ってる。


 恋に狂ってる職員さんを知ってるだけ余計に……。


 …………あ! そうだ、ギルドの人じゃない?! ギルドの人達はこの近くを船で行き来してるみたいだし!


 だとしたら本物のストーカーで、捕まえる側だというのだから救えない。


 なんて悪質な犯罪なんだ……異世界でもあるんだなストーカー被害。


 さてここで。


 何故執拗にストーカーを意識してしまうか――と言うのをハッキリさせておこう。



 ――――見られてるからねぇ……なんか、望遠鏡みたいな物で。



 裸眼ならとても見つけらない距離にあるというのに、茂みから見つかりにくいように覗くレンズ染みた何か――


 魔道具か、もしくはこちらの世界でも似たような物でもあるのか……。


 しかし見られていることに間違いはない。


 幾倍にも増した感覚が、相手からの視線を感じとっている――


 強化された視界にもバッチリとレンズが映っていた。


 ……向こうもまさか見返されてるとは思ってないだろうなぁ。


 本来なら……海賊なんて危ない者に関わり合いたくはない。


 正面から敵対するんなら、恐らくは問題にならないだろう。


 しかし相手は『賊』なのだ。


 『卑怯卑劣』が褒め言葉に成りうる相手に自らイチャモンをつけに行くというのは……とても褒められた行為ではないと思える。


 自分の魔法の性能をちゃんと理解するだけに――――寝込みなどの隙を突かれると、どうしようもないことを知っているから。


 なんのためのローブだというのか?


 こういうときの為のローブだよ?!


 今は留守番中である。


 素の自分で行くのには……ちょっと……いやかなり……というかだいぶ――躊躇してしまう。


 だって怖いもの。


 あくまで法の中、人の世界で暮らそうとしている奴らと喧嘩するのとはまた違った怖さを覚える。


 一度街に巣食う犯罪組織を相手にしたことはあるが……あの時は徹頭徹尾ローブだったし。


 なんなら昨日、徒党を組んでる奴らをボコにしたけど。


 しかしあれでも喧嘩の範疇だ。


 カトラスを持った奴がいたけど、不良がナイフを振り回す程度の脅しだったのか使う気配は無かった。


 じゃあ要らないね? と折ってやったら凄い表情になったっけなぁ……。


「どうしたー、酔っちゃったのかー?」


 呆然と『なんで俺ばっかり』状態に入った俺を心配したのかパーズが声を掛けてくる。


 先程からオールを漕ぐ手を止めているなぁ、とは思っていたが……どうやら俺を心配してのものらしい。


 …………心配か。


 うん……まあ、一宿一飯……というか一命一存の恩があるしな。


 俺がここに来たのは昨日で、とするとあいつらが見つめているのは、どちらにしろ――


 透き通るような輝きを放つ青色の瞳を見つめ返して言った。


「ちょっと待っててくれる? ――少し泳いでくるから」


 今度は俺の泳ぎをお見せしよう。


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