第442話
腹も膨れたので寝ると言うガンテツさんを置いて、再び海に出ている。
明日はガンテツさんが小舟を使うというので、今日は
この小舟、帆が付いているだけの手漕ぎボートかと思いきや、実は取っておきがある。
「めっちゃ速いね?」
「速いなー」
パーズと二人で乗って周辺海域を遊覧中なのだが……船はモーターボートも斯くやという速さで進んでいる。
風をビュンビュンと切る様は、まさに近代的な船と言っても過言ではないだろう。
というのも船尾に付いている魔道具のお陰なのだが。
なんでも海水を吐き出して海流を生むという魔道具だそうで、噴出口の開け閉めで速さを調節出来るとかなんとか。
まんまモーターボート。
ぶっちゃけ中世どころの騒ぎじゃないでしょ、この世界……。
それともこういう不思議テクノロジーこそが異世界の真骨頂なのだろうか?
ちなみに燃料は『海』の魔晶石。
水の魔晶石との違いは、吐き出すのが海水かどうかというだけだそうで……しかし真水ではないという点でめちゃくちゃ安価なのだとか。
というか深い所に潜れば普通に落ちているらしく、パーズが拾って見せてくれた。
魔道具さえ買えれば燃料費はタダという代物。
これでギルドの船が思うほか速かったという謎も概ね理解出来たよ。
この小舟で追い付けたという理由もね。
便利だなー、魔晶石……。
しかし昨日は帆を張って進んでいたので、どうやら無限に使えるというわけではないようだ。
気になって訊いてみたところ、パーズの返事はこうだった。
「カッティングしなきゃなー、使えないんだー」
カッティングとな?
どうやら魔晶石を魔道具に合わせる必要があるらしく、形が合わなきゃ使えないんだそうだ。
しかも加工出来るのは国が抱えている技術者だけなんだとか。
……振動や衝撃で効果を発揮する魔晶石をカッティング?
なるほど、そりゃ秘匿事項だわ。
魔道具をバンバン叩きながらパーズが言う。
「これはなー、基本的に逃げる時に使うんだ。『緊急用だ』って爺ちゃんは言ってたー」
「なんかすいません、わざわざ見せて貰て……」
あとそんな貴重な魔道具なのに叩いていいんスか? 壊れちゃいません?
まさしくモーターのような箱型の魔道具は、見た目には頑丈そうだが……やはり精密機械とは違うということだろうか?
機械を叩いて直すというのが迷信として廃れたのも昔だ。
むしろ複雑さを増していく精密機器にあって衝撃とか駄目に決まっている。
魔道具とか魔法とかズルいよなー、異世界。
現地での独自の文化といつやつは、どこの世界だろうとカルチャーショックを生むらしい。
思わず戦争が終わってしまうというのも頷ける。
いやいや歌じゃ争いは止まないでしょう? なんて賢しらにツッコんでいた青春時代に反省だ。
「俺も歌ってみようかな……」
そしたら…………ダメだ、どう頑張っても膾切りにされている絵しか浮かばない。
「歌うかー?」
「いえ、自分不器用なんで」
これからも拳で語り合おうと思います。
「そうかー……あ。あれだー」
操船しながら海面から目を逸らさなかったパーズが、目的の魚を見つけたらしく船を減速させた。
午後からの授業は、主に危険な魚について学んでいる。
この船の速度があっての学習内容だろう。
ただ見つけたと言ってはいるが……俺には影も形も分からない。
なんでも船底に穴を空けるという危険な魚らしいのだが……。
一人で海に出たら沈没が確定ですね?
「ちょっと待ってろー」
魚影を探して海中に目を凝らしていると、徐ろに服を脱ぎ始めたパーズがそう言った。
なるほど、ビックリするね?
下に水着を着ていると知ってはいるが……なんか急に服を脱がれると変な気持ちになってしまう。
今度から服を脱ぐ前には「今から脱いでいい?」みたいな宣言をして…………貰ったらアウトだね、うん。
水着になったパーズの目的は当然、海に潜ることだろう。
軽やかに船を蹴立てて海中へと没していくパーズ。
水の中での彼女の速さは魚すら凌駕する。
スイスイと面白いぐらい海中を泳ぐパーズが、岩場の隙間に手を突っ込んで魚を一匹捕まえた。
……あー、ね?
どうやら岩の隙間に目的の魚がいたようだ。
程なく海面へと浮上したパーズが、顔を出すと共に目的であった……『危険な魚』を掲げた。
なにしとん?
ゴツゴツした薄茶色の魚だ。
肌の表面が岩のような質感で、同じ色の岩場に隠れられたら見つけるのは困難な見た目をしている。
よく見つけられたな?
「こいつなー、こう見えて毒持ちなんだー。尻尾と中骨に毒があるからなー、気をつけろー」
「それは……食べるのを、ってこと?」
こんな硬そうな魚食べたくないんだが?
「あー、違うんだー。見てろー?」
そう言って掲げている魚の
ツンツン、ツンツンと。
すると…………エラに手を突っ込まれているせいか大人しくしていた魚から――――ニュッ、と細く透明な針のような物が出て来た。
内臓の辺りからだ。
話の流れを汲むに、これは中骨なのだろう。
…………いやぁ、異世界だわぁ。
「なー?」
「うん……本当だ。これは中骨って言うわな」
でも飛び出してくるとは思わんやん?
「でもこれ毒抜きしたら美味いんだー。儲けたなー?」
「ん? なに? 言ってる意味がよく分からないな?」
自分、フグは専門店でしか食べない
こちらの言い分を聞くことなく魚を船へと放り入れたパーズが、水中にいる時とは違いモソモソと船へ登ってくる。
「もう二、三匹探そうなー。全員分だー」
「居候身分の俺としては、見つからなかった時は残念ながらも慎んで辞退申し上げるよ。いや、食べたかったんだけどなあ、いやあ……嫌ぁ」
近辺を探るために意気揚々とオールを動かすパーズに悲鳴である。
頼む、見つからないで?! と発動させたのは両強化の三倍だ。
せめて先に見つけたならば対処も出来るだろうと思って……。
しかし使い慣れていない海中への探索なぞに強化魔法は効力を発揮せず――
――――代わりとばかりに、小島の辺りで群れるように潜んでいる人間の気配を拾い上げた。
…………他の漁師ってだけだよ、きっと。
海原は広く静かで――見渡す限りに船影なんて無いけどさ。
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