第441話


 あれ?


「あの……領海の話にもあったんですけど…………そういうのって国がなんとかしてくれるんじゃないですか? ほら……海軍とか?」


「まあ普通はそうだわな。よしんば海命ギルドから海賊討伐の依頼書が貼り出されたとしても、大抵は『領海の外に位置しているため』とかの理由付け説明があるもんだ。しかもそりゃ『募集』であって『要請』なんかじゃねえ」


 だよねえ?


 でなければ先程の説明と随分と食い違うだろう。


 ……あ、だから『異常』なのかな?


 酒を一息に飲み干して、自分でも疑問に思っていたのであろうガンテツさんが首を傾げながら言う。


「ギルドが動くんなら、正直オレの手なんて借りる必要は無え……筈なんだがなぁ?」


 ――――そもそもギルドから海賊討伐の要請が来るガンテツさんって何者なんですか?


 ……なんて訊いたら俺の方の事情もつつかれそうだから止めとこう。


 代わりと言ってはなんだが、パーズが他にも疑問に思っていることを問い掛けてくれる。


「海賊討伐してくれって言ってきたのかー?」


「ああ。ギルド本部からの『指名依頼要請』だ。面倒だから断ろうかと思ってたんだが……奴らどうにも焦ってる感じがあってなあ」


 魚のすり身が入っているスープに口を付けながらガンテツさんが続ける。


「海賊なんてギルドにしたら獲物でしかねえ。目障りなら今日中にも船を出して沈めるだろうに……どういうことか進路予測や伏兵の居そうな位置なんかの助言まで求めてきやがった。逃げられて躍起になってるだけなら……まあ変じゃないんだが」


「ってことは、どの辺に出没するか分かるんですよね? ……まさか近くなんですか?」


「あー……こっからは遠いな。目撃情報は領海のギリギリらしい。だから冒険者に討伐依頼を出しててもおかしくはない位置だ。しかし……ギリギリ《内》だ。ギルドってのは割と線引きがハッキリしてるからな。間違いなく役人が動く事態なんだがよ」


「……負けてるとか?」


「あり得ねえな。もしそうだったとしたら、今度は職員が落ち着き過ぎてる。セージのクソガキなんか、パーズのナンパまでしてやがったぞ。逃げ惑われてるぐらいが関の山だろ」


 ……そういえばそうでしたね。


 話題に上がったというのに「魚焼けたー」と席を外すパーズは臆面もない。


 …………もしかしてセージくん、アウトオブ眼中なんだろうか?


 ううっ、潮が目に沁みるぜ……。


 いつかフラレ仲間同胞が誕生しないようにと信じてもいない神様に祈っていると、ガンテツさんがフラリと立ち上がった。


「正確な位置を教えといてやるか……。下手に近付かれでもしたら邪魔になるだろうからな」


 そう言ってテーブルを発ったガンテツさんは、廃材の山のように見える道具置き場を漁り、何かを見つけ出した。


 取り出したのは一枚の巻紙。


 なんか宝のありかとか載ってそう。


 そういうの持ってると『ますます海賊っぽいですね?』とか口が滑りそうになるよ……。


 テーブルの上に広げられた巻紙は、どうやら周辺の地図のようで……群島を中心に据えられている。


 上の方に覗いているのが、俺の村のある大陸だろうか? ……縮尺がよくわからないけど、そこそこ遠そうだ。


 …………本当になんで生きてたんだろう?


 別に死にたかったわけじゃないけど不思議でしょうがない。


 この距離を流されてたとしたら、とっくの昔に溺れ死んでるんじゃない?


 疑問が幾重にも重なって飽和状態に近い俺に向かってガンテツさんが言う。


「周辺域の海図だ。ここがオレの家になる」


 ガンテツさんが指したのはやや右下の方にある小さな島だった。


「パーズがオメーを拾ったのはここ、『此の世の終わりデッド・エンド』だな。連れて行った市は本島のここだ。おおまかに言って東側だって分かんだろ? 全部、本島から見て東南東から南東だ」


 うん、そんなことより物騒な名前がインパクトあり過ぎて耳に入らないよ。


 ガンテツさんの指がズラッと動いて地図の北側を差す。


「海賊が出たのは、ここからここだ。大陸と本島の間……よりも本島側だな。真北から北北東ぐらいの位置だ。ここからは随分と遠いが、念の為行かないようには気をつけとけ。……おいパーズ! テメーもこっち来て聞きやがれ!」


「聞いてるぞー」


「嘘つけ! 魚揚げてんじゃねえか?! 油がハネる音で……ってか見えねえだろ! 来い! 今、料理はいいんだ! こっち来い!」


「嫌なー」


「断わるんじゃねえよ?!」


 コントかな?


 見た目にも声音にも、ついでに言うと雰囲気も怖いガンテツさんだが、パーズが関わると途端に面白い爺さんに思えてしまうのだから不思議だ。


 ガンテツさんにしたら苛立たしいんだろうけど、程良いバランスを保っているようにも見える。


 しかしガンテツさんの心配はともかく、海図の位置からしても関わり合いになることはないだろう。


 乱暴な物言いだがパーズに対して強制はしないガンテツさんに向かって、恐る恐る言う。


「あの……大体の場所は覚えたんで、俺から言っときますよ」


「あ? あー……そうか? 助かるわ」


 ギラリと向けられた視線に肝が冷える。


 ……これがいつも通り通常だって言うんだから、パーズが無頼漢共にも怖がらなかった理由が分かるというもんだ。


 俺の喧嘩強さには驚いていても、自分を引っ張って行こうとする無頼漢には全然ビビってなかったし。


 …………だからこそ心配だという気持ちも分かるけど。


 殆ど成人したというのに、まだ一部が心配に思える幼馴染達の姿が脳裏を過ぎった。


 ガンテツさんが〆の言葉を口にする。


「そういうわけで、オレは明日も本島に出向く。船は使うからな? 漁をするんなら島の周りにしとけって言っとけ」


「わかりました。伝えときます」


「出来たぞー。腹減ったなー」


 パーズが聞いていたのかいなかったのか、魚を焼いたり揚げたりした物を山と積んだ大皿を持ってくる。


 三者三様に声を上げる、賑やかな昼食が始まった。


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