第432話


「これなー、美味しいぞー」


「あ、はい。頂きます」


「うん、食べろー」


 味が…………しない……?


 ――なんてこともなく、貝の身の酢漬けのような物はちゃんと美味しかった。


 美味しくないのは状況だよね?


 丸テーブルにパーズと腰掛けて夕食を頂いている。


 湯上がりで軽く汗ばむパーズは、タオルを首に掛け半袖半パンとラフな格好で席に着いていた。


 ……これ普通? これ普通なの?


 いない歴イコール年齢を続けていただけに、見知らぬ男に全裸を見られた直後の女の子の反応として、これが正しいのかどうかも分からない。


 …………もしかして誘われてる? これが世に言う据え膳――?


 そんな都合のいい想像も、反対隣りでイビキを立てているガンテツさんを見れば途端に消失だ。


 なんか背景に『ゴゴゴゴ』って入れてもいいぐらいビビってる。


 ともすればこれはただの足止めで……ガンテツさんが起きるなり「覗かれた」という告発から始まる断罪も…………本当にありそうだから、ここらで妄想するのやめよ。


 シュンとなりながら、薦められるままに食事を続けた。


 ……このオツマミ、オイシイナァ……。


 余命を数えるようにツマミの残数を減らしていると、どれぐらい経ったのかガンテツさんがジャーキングをかました。


 ビクリとなるガンテツさんにビクる俺。


 唯一平静なのは何を考えているのか分からない異性だけである。


「へあ? …………おー、いかんいかん。寝とったわ。酒、零れてねー……――あ?」


 寝起きで更に鋭くなった眼光が俺を突き刺す。


 ドクンドクンというのは……俺の心臓の音かなぁ?


 こんなに大きかったっけ?


 しかし見つめられること数秒、ガンテツさんの瞳に理性が戻る。


「あー……そうか、そうだったな、パーズが拾ったんじゃった。一瞬、誰かと思うたわ。……なんでぇ、逃げんかったのか? その方が面倒が無かったもんを……」


「でも捕まるんでしょう?」


「まあ捕まるな」


 なら薦めないでくれます?


 起きるなりジョッキに酒を継ぎ足すガンテツさん。


 欠伸をしながらツマミに手を伸ばしている。


 その表情や態度からしても、どうやら『実は起きていた』ということもなさそうである。


 つまり……!


 あとは静かにご飯を食べているパーズさえ何も言わなければ……晴れて無罪放免――



「パーズ、これも男だ。――――オレが寝てる間に何かされたりせんかったろうな?」



 グビリと酒を飲む音を響かせながら、ガンテツさんが導火線へと火を着けた。


 ――――と、隣りガンテツさんを…………見れない……!


 先程までと同じように寝起きのような表情をしているのか――それとも表情になっているのか……ほんの一瞬だけ目を離した隙に、首を元へと戻せなくなった。


 なんか声がさ……。


 固定された視界には……肩から覗く、日焼けしていない肌が眩しい褐色の美少女が、魚の身を解している姿が映っていた。


「んー?」


 チラリと向けられた視線は俺に対してのものなのか……それとも後ろにいるドスの利いた声を出す何かを透かして見ているのか……。


 ……お願い! 神様――は、大して役に立たないからパーズ様!


 願いが届いたのか、パーズは再び魚の解体を始めながら言う。


「何も無かったぞー?」


「……本当かぁ?」


「あ、ほんと、全然、これっぽっちもそのような事実は存在しておりませんので……」


 ここぞとばかりにバタバタと手を振って話に乗っておく。


 ようやく緩和されたように感じられる雰囲気にチラリとガンテツさんの方を見れば……言葉面ほど疑って無さそうな風だった。


 酒飲み話とばかりに呑みに徹している。


 訊くだけ訊いた……とか? そんな感じなのかもしれない。


 モグモグと解体した魚の身を食べていたパーズが言う。


「――――そもそも何をされるんだー?」


 それにピクリと反応するのは男共である。


「そりゃお前……」


 気まずさからガンテツさんがお酒をグビリ。


 一息に飲んだあとは押し付けるような視線が飛んでくる。


 いや、嫌ですよ……。


 交わされる視線に首を振って応えた。


 どう考えても損しかないでしょ?


 誤魔化そうと誤魔化すまいと、得になるとは思えない説明である。


 目の前に保護者がいるのだから尚更だ。


 それなんて拷問?


 それでも答えを待っている風なパーズに、ガンテツさんが明後日の方向を見ながら答える。


「まあ……な。何も無かったんならいいんだよ、気にすんな」


「そうかー。……子作りかー?」


「この娘ちょっと直接的過ぎません?」


 言葉尻を打ち消すようにガンテツさんに問い掛けるも、当の本人は『オレも困っている』と言わんばかりに眉間を揉んで答えてはくれなかった。


「なー、なー」


「あ、いまちょっと男同士の会話に忙しいのでまた今度お願いします」


 グイグイと服を引っ張られての追求に、やんわりとした拒絶を織り交ぜ……手を離せ。


 少し奔放……奔放? というかオープン過ぎる感じは、理解出来ない陽キャに遭遇した時のような印象を俺に与えてきた。


 ちょ、ちょっとなー……?


 これはガンテツさんが心配になるのもしょうがないと思える無防備さであった。


 知識としては分かってそうなんだけど……垣根が低いというか、未だ建てられていないというか……。


 もはや頭痛でも感じていそうなガンテツさんがポツリと言う。


「……やー……ミスったな。やっぱり子守しながら夜遊びするもんじゃねえやな?」


 おい。


 どういう生活環境だったのか垣間見える一言であった。


 もしかしなくても原因はテメーだろ爺。


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