第431話


「…………いや、ほんで潰れるんかい!」


「ぐぉおおおお………ぐぉおおおお……」


 早っ?! いくらなんでも早ない? あんたそんな……どう見ても酒豪のような面してんのに。


 チビチビと味わうように口を付けていた俺と違って、流し込むように飲んでいたガンテツさん。


 凄いペースだなと感心していたのも束の間、早々にテーブルに突っ伏して寝息を立て始めてしまった。


 時間にしたら二十分にも満たないと思う。


 ここに部外者がいるというのに……無用心が過ぎないだろうか?


 そもそも扉も窓も開きっぱなしとなれば、普段からの無警戒ぶりからしても、こうなんじゃないかと疑ってしまう。


 ……大丈夫なのかな? この人……。


 それともまた俺の知らないファンタジーが存在していて、こう見えても安全を保証されるような何かがある可能性……。


 …………無い、とは言えないだけに怖いなぁ。


 欲をかいてヘマするパターンね? わかります。


 これでガンテツさんに害意を抱いたり逃げ出したりしたら「そりゃ反則だろ?!」と言わざるを得ないような状況に追い込まれるんでしょ?


 わかってるって。


 そのような手には引っ掛からない……フッ、テッドとは違うのだよ、テッドとは!


 学習能力が存在している前世持ちとして、そして常識のある大人として! どうせ正攻法が一番の近道だと知れているのだから!!


 コツコツなんだよ、コツコツ。


 なので今はお酒を楽しみます、いや言い訳じゃなく。


「爺ちゃーん、爺ちゃーん!」


 受け取った一杯を噛み締めるようにツマミと共に頂いていたら、パーズの声が響いてきた。


 尻上がりに大きくなった声からして、何か切迫した事情があるようにも思える。


 今ならまだ……とガンテツさんを軽く揺すってみた。


「ガンテツさん、ガンテツさん。お孫さんが呼んでますよー…………ダメだな、こりゃ。どんだけ寝てんねん」


 口当たりの割に度数が高い酒だったのか、ガンテツさんのイビキが止むことはなかった。


 これ美味いもんなぁ、気持ちは分かるよ。


 手にするジョッキの中を軽く覗き込む。


 透き通るような薄緑色の酒だ――覚えておこう。


 出来れば銘柄も聞いておきたいところである。


 しかし今はとにかくパーズだろう。


「なー、爺ー」


 もうじじい呼びだもの。


 割と切羽詰まっているのかもしれない。


「すいませーん、ガンテツさん寝てるみたいでー……」


「おーい、爺ー」


 あれ、聞こえてない?


 仕方なく席を立ってパーズが消えた入口へと足を向ける。


 四角に切り取られた入口の向こうには、木製の扉が少しだけ開いて存在していた。


 何か……声とは別の音が聞こえる――――魔道具か何かか?


 恐らくはこちらの声が聞こえない原因だろう。


 手が離せない感じかなぁ?


 ……お? これはお役立ちチャンスなのでは?


 船の操船に関しては無能っぷりを披露した新入りの株価が上がりますよ、ってね。


 こちらの声が聞こえるようにと、僅かに開いた扉を引っ張ってパーズへと声を掛けた。


「パーズさん、ガンテツさん……寝て、る…………」


「あー、なー? だからかー」


 …………裸だねぇ。


 パーズは……下に着ていた筈の水着すら脱いで一糸纏わぬ姿だった。


 ……………………もしかしなくてもシャワー室かな?


 吊るされた樽から枝分かれした水がシャワーのように降り注いでいる……濛々と上がる湯気から、それがお湯なのだと分かった。


 酔った頭でも、先程から聞こえていた音は水音なのだと……今なら分かる。


 振り返って余すことなく裸身を見せているパーズは、水着の下の日焼けしていない白い素肌を隠すこともなく――――しかし羞恥心は存在しているのか頬を桜色に染めている。


「あー……裸、ダメかー」


「いやダメかどうかで言われればありがとうございますなんだけどとにかく一旦閉めますねー?」


 バッチリ記憶させて貰いました! 違う! これは事故だから?! だった!


 ふうやれやれ、と扉をゆっくり閉めて滝汗だ。


 俺は知ってる!


 とりあえず元のリビングに顔を出してガンテツさんが寝ていることを確認した。


 違った! どうやら罠じゃないみたい!


 ホッとしたのも束の間、脳裏を走る前世知識ヲタク知識


 つまり純粋なアレだ、ラッキーとか言われるアレ。


 …………いや全然ラッキーくないけど?!


 このあとの空気とか損害賠償(?)とか人間関係とか、コレの後に乗りこなせと?!


 それはどんな主人公だよ! こんな主人公なんだよ?!


 あれはもう一歩手前までイッてるアレな関係な上に両片想いとか矛盾してる感じのアレだから成立するのであって欠片も知らないような他人との間に生じたらむしろ振れ幅から落ちるっていうかもう堕ちるって――


「なー」


 再びガチャッと開く扉に肩が跳ねる。


 訴訟かな? 焼きヤキかな?


 魚の餌が最も現実的な世界にいます。


 動揺と恐怖と罪悪感に(ほんとだ、心拍数上がるぅ)不整脈を思わせるドキドキが到来。


 漫画、嘘じゃなかった……!


 内実に若干の違いはあれど、これが吊り橋やパーナムと言われる効果に繋がるのだと思えば恋愛脳が世間に蔓延るわけである。


 つまりこのあとに待ち受ける展開というのも……?


 ――――しかし脳裏に浮かぶのは埠頭でタバコを吹かすガンテツさん……その隣で何故かドラム缶に入っている俺だった。


 …………逃げよっかな?


「体拭くからなー? タオル取ってほしいんだー」


 しかし投げ掛けられる声は罵倒でも罵倒でも、ましてや罵倒ですらなく普通のもの。


 どうやらタオルを忘れたらしい。


 部屋の様子やガンテツさんの態度からしても、普段からの来客の無さが窺える。


 だから途中で気付いたのだろう、『あ、タオル忘れたわ』ってね。


「なー?」


「あ、はい! はいはい! 大丈夫です! だから出て来ちゃダメですよ?!」


 更に開こうとする扉に声で待ったを掛けた。


 まさか『もういいや』とでも思ってますか?


 そこで『もういい』と思われるのは俺の命である可能性も存在しているというのに?!


 慌ててリビングに戻ると、使えそうな布を探して奔走した。


 ……………………そりゃ反則だろ?!


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