第430話


 俺を拾ったという海溝の近くにある小島の一つが、ガンテツさんとパーズの住まいであるらしい。


 ちょっとした広さを持つ小島だ。


 当然、個人の持ち物とは思えない。


 立派な領土だと考えれば…………。


「ハッ?! もしやガンテツさんはお貴族脛に傷様なのでは?!」


「ここらにゃ、このぐらいの小島は幾らでもあるわい。好きに住み着いとるだけじゃ。……


 強調された語尾に不穏さを感じる。


 辿り着いた小島は砂浜ビーチになっていて小舟を押し上げて上陸した。


 緑々と生える木々の一つに縄を打ち、早々に小舟を固定して奥へと入っていく。


 鬱蒼と言うほどじゃない林の中は、夜が近いというのに視界が良好で、踏み慣れて出来たであろう道についても確認出来た。


 目指す先に建つ家がガンテツさん達の自宅だろう。


「別にテメーは客じゃねえが、待遇は普通だと思ってろ。寝床もあれば飯も出す。当然、金も貰うがな」


「出世払いでお願いします」


「おう。早く出世しろよ」


 十分と歩かない近さで着いた石造りの家は、間違いなく頑丈そうであった。


 金属製の扉に鍵を開けてガンテツさんが家へと入っていく。


 入っていいのか迷っているうちに取り残された俺が、扉を一瞥してポツリと呟く。


「無茶苦茶頑丈そうな扉ですね……」


「ああ、特注だぞ? 家にゃ鉄板も仕込んである。まあ、安心して眠るための用心みたいなもんだ。ちなみに便所は中だからな、忘れて締め出されんようにしろよ」


 なんでそんな要塞みたいな自宅なの?


 これは聞いていいのか悪いのか……。


 中の換気でもしているのか、これまた金属製の窓を開いたパーズが窓から顔を出して言う。


「爺ちゃんなー、あっちこっちに恨み買ってるから敵が多いんだー」


「ふざけんな! どっかどう見ても普通の市民じゃろうが!」


 どっかどう見てもその筋の人です。


 『来い来い』と手招きするパーズに釣られるように入室。


「サンダルなー、ここで脱ぐんだー」


 おっ、日本式。


 というか平民には多いと言われる土足厳禁。


 ここも他国だというのに我が家のような素足文化のようだ。


 中は玄関――というか土間から一段上がって板張りの広間だ。


 ……言っちゃなんだが雑然とした印象だなぁ。


 山と積まれた縄の束に、折れたり新品だったりの銛。


 重なったバケツには魔石のような物が入っている物もあるが、穴が空いたまま転がっている物もある。


 椅子が四つに丸テーブルが一つ。


 血に濡れている刃物が並べられたスペースも一つ。


 きっと台所だよ……。


 他人様のキッチンスペースなんて見たところでマナー違反を咎められるだけなので、なるべく視線を向けないようにしつつ……とりあえず念のための逃げ道を探しておく。


 奥にも部屋があるようで、四つほど四角に切り取られた出入口を発見。


 どれかが先程言っていたトイレで間違いないだろう。


 銛と縄をそれぞれの山に放り込んだガンテツさんは、早々に樽から木製のジョッキへと何かを注ぎ足して椅子に腰掛けた。


 運んでいた木箱から取り出した樽である。


 ゴクゴクと喉を鳴らして飲み始める。


「〜〜〜〜ッあーー……うめえ。生き返るなー」


 というか呑み始める。


「お酒なー?」


 うん、だろうね。


 わざわざ説明してくれたパーズは、言い捨てて切り取られた出入口の一つに消えた。


「おう! とりあえず飲め! まずは酒からだ! ここだけ奢ってやらあ、だから遠慮せず飲め!」


 どこから取り出したのかツマミのような物をテーブルに並べるガンテツさんにまさか逆らえるわけもなく……。


「おっす! 頂きます!」


 昨今はトンと廃れてしまったらしいアルハラを進んで受けることにした。


 後輩の鑑でしょ?


 ……別にお酒が飲みたいとかじゃなくね? ほら、逆らえないからね?


 ただお祝いの席……もしくは盆正月に限り、宅呑みを敢行していたサラリーマンだったのだ。


 成人したら……なんて考えていたが、最近は何かと予定を立てられずズルズルと先延ばしになっていた呑みの席大望


 少しぐらいは…………なんて考えてもバチは当たらないと思うんだ。


 俺、頑張った、よし、呑もう。


 そんな感じ。


 抱えていた木箱をとりあえず置いて、いそいそと木製のジョッキを受け取り、樽に付けられたコックを見様見真似で捻って酒を注ぐ。


 テーブルに着くと二杯目を持って待っていたガンテツさんが、ニヤケながらジョッキを掲げてきた。


 何をしたいのかなんて最早言うに及ばず。


 俺もジョッキを差し出した。


「カンパイです!」


「今日も生きてることに!」


 物騒だな?


 しかし酒の魅力に物騒な発言もフェードアウト。


 ぶつけ合って少し零れた酒も気にならず、ジョッキに口をつけてゴクリ。


 ――――うっっっっっっま!


「うわ、うっま?! なんだこれ? めちゃくちゃ美味ぁ?!」


「ハッハッハ、そうだろそうだろ。陸者の癖に酒の味がよく分かってるじゃねえか? 酒はな、海で揉まれるほど美味いってのがオレの持論よ」


 なんだっけ? なんかそういうのあったような……。


 まあいいや。


 予想通りというか何というか、こっちの世界のお酒は格別に美味かった。


 恐らくはエールに近い何かだろうに……下手な発泡酒やチューハイなんかより『美味い』と感じられる。


 これならお酒の苦味がダメって言う奴でも飲めるんじゃないかな?


 しっかりとアルコール感もあるのだが……それが邪魔になっている様子もない。


 市民が飲むお酒でコレかぁ……。


 そりゃ村の酒場が繁盛するわけだわ。


 豪快に飲み干すガンテツさんとは対称的に、これがこちらの世界の酒の味かと噛み締めながらまた一口と喉を鳴らした。


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