第429話
オールで漕ぎ出した船の帆が、風を受けて膨らむ。
「おおー」
なんか楽しいな?
海とは無縁の人生を歩んできたからか、風の力で進む船に乗っているだけでワクワクする。
ちょっとしたレジャー気分は否めない。
「なー?」
「ヘッ。オメー、
小舟といった
行きは荷物の関係もあったそうだが、帰りは積載重量が減ったお陰か乗せて貰えた。
うん……別に「泳げ」とか言われそうなんて全然思ってなかったけどね? うん、全然。
最後尾にて舵を取るガンテツさんと、船の舳先にて腰掛けるパーズは手慣れたもので……。
危な気ない立ち居振る舞いが船の上の年月を感じさせた。
パーズなんて割と身を乗り出して水面を見ているというのに、欠片も落ちる気配がない。
大したもんだなぁ。
遊々とした操船で波に揺られるだけの俺は、完全に役立たずかお荷物といった風体である。
本来なら水夫という役割でも与えられるんだろうけど……そこはそれ。
全くの知識の無い素人を頼るなんてことはなく、荷物のように扱われるのが吉とされた。
荷物の上げ下ろしは……荷物の上げ下ろしは! やれるんで!
いつでも御用命ください!!
重さになるからか俺と木箱は船の中心に据えられていて、身動きを求められていない。
お陰さまで、そろそろ夕日になろうかという太陽と雄大な海を眺めてのクルージングを堪能出来ています。
「自分、農作業と狩りには自信があります」
「……何を言い出してんだオメー?」
「そうなのかー。オレは潜るのが好きなー?」
いや、泳げる泳げる、本当に泳げるよ?
なんか言い募るほど勘違いされそうだが、本当に泳げないわけじゃない。
何を隠そう幼馴染達に泳ぎを教えたのは俺なんだから。
地元(森の中)じゃ負け知らずだよ? ほんとほんと。
自分の海での無能っぷりに本当に金針なんて稼げるのか焦りを覚えている俺を置いて、飽きずに水面を眺めていたパーズが声を上げた。
「爺ちゃん、二時に一匹ぃー。ノコマスだー」
「おうさ」
阿吽の呼吸とばかりにオールから銛へと持ち換えたガンテツさん。
その強面と相まって普通に怖い。
なんで舌舐めずりすんの? 狙ってんの?
「おう、新入り。しっかり捕まっとけや。――ここだな」
告げるも早々に銛を撃ち出すガンテツさん。
盛り上がりを見せた筋肉は伊達ではないようで――空気が陥没するような音と共に放たれた銛が、水面を爆ぜさせて船を揺らす。
化け物かな?
あ、勿論ガンテツさんがだから。
投げた先にいる何かではなく。
透明度の高いコバルトブルーの海は、しかし沖合いともなると海中の全てが視えるわけではない。
――それでも赤い何かが海を染めるのは見えるわけで……。
木箱が落ちないようにと咄嗟に押さえた貧乏性の俺はともかくとして、しっかりとした手応えがあったのは……銛の端へと繋がっている鎖をガンテツさんが力強く握り締めていることからも分かった。
「フン!」
掛け声の割には力半分程度の余裕っぷりで引かれる鎖。
ガボッ、という音と共に水面へ浮かび上がってきたのは…………
刃物のような角を頭に、ギザギザとした歯を持っている。
怖いなぁ……。
勿論ガンテツさんがだ。
「これなー、食えないんだー。金にもならないからなー。投げ損だー」
説明してくれるパーズに「そうじゃねえだろ」と言いたい。
ガンテツさんの実力はダンジョンの深層を探索する冒険者に勝るとも劣らないもののように思える。
追い剥ぎ共がガンテツさんじゃなく俺の方へと来たのも頷ける。
あと怖い。
まだ生きているであろう魔物を足蹴に銛を抜くガンテツさんは、山中に
肉ごと抉り取られる銛に、激しい痛みを感じて暴れる鮫のような生き物。
「しかも魔物じゃねえからな、魔石すら生みゃしねえ。ついてねえぜ」
しかし何処吹く風と答えるガンテツさんには慣れも見えて、ちょーコワイ。
頬に掛かる血に悪意すら感じてしまう……。
ちょっと就職口を考え直させて欲しいまである怖さだ。
……というか魔物じゃないのかよ。
あまりのインパクトにそっちの情報の方が疎かになったよ。
この手の魔物を狩って魔石で荒稼ぎっていうのがファンタジーの定番なんだが……。
それが出来たら海産物なんて売ってないよなぁ。
「魔物が出たりすることもあるんですか?」
「おう、そりゃあな? だがよ、オメーの住む村でもそうだろうが、稼げるような魔物がホイホイと人の領域まで近付いてくることは珍しいやな」
…………言われてみると確かに。
昨今は忘れかけていたが、魔物が出没する森は『魔の森』呼ばわりなんだよね。
生息圏がそれぞれに決まっている感じ。
魔物の素材や魔石を必要とするのなら、ダンジョンや魔の森に赴く必要がある。
昔見た狼の魔物やゴブリンなんかは移動してくる系の魔物なので、冒険者ギルドにも追い払ってくれという依頼が出たりするのだが……。
基本的に魔物討伐は危ない所に行かなきゃいけないイメージがある。
ワイバーンの餌場然りだ。
「ここらの海域にゃ大したのは来ねえ。元々ナワバリを主張する魚共が居るからだ。だからこそ潜る奴なんて滅多にいねえ。海溝に挑むバカぐらいならいるが、地元の奴がそんなことしたなんてオラぁ聞かねえ。それこそ余所者だが、大抵は海溝を見てブルっちまう。ま、それが賢い判断だけどな」
ニヤリと向けられた笑顔に困惑すらしかない。
え? まるで俺がそのバカみたいに言ってますけど?
違う……違うのだ……!
気付いたら海溝の近くを漂っていただけであって、俺にその意識なんて無かったから!
流されたとは言っているんだけど……この様子では信じられていないようである。
「魔物で荒稼ぎなんて考えてんだろうがやめとけ。魔物が出る海域となるとここより沖合いだ。カナヅチにゃ無理だわ」
「だから泳げますって!」
「オレが教えようかー?」
「いえ自分泳げるので!」
どうにもお宝狙いの冒険者とでも思われているのか、船が島に着くまで間、教訓のように泳ぎについて弄られ続けた。
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