第428話


「ただいま戻りました」


「誰だテメー?」


 そうなりますよねー?


 拾われた黒ローブだと証明するために、ガンテツさんに着ていたローブを広げて見せた。


「これ、ローブが着ている本人にしか脱げない効果があるのと、声まで変化するんで……」


「ああ……確かそんな迷宮品があったか……? 隠者の、て、てい? ……ダメだ忘れた。しかしなんかな……なんだったか? なにか……重大な欠陥があったような……? ここまで来てんだがなあ…………あ〜〜、ダメだ。思いだせねえ」


 意外と知られてんだなぁ、アイテムボックス。


 いやアイテムボックスの能力は広まってないみたいだけど。


 恐らくはガンテツさんが思い出そうとしているデメリットを俺から先んじて告げる。


「常時魔力を吸うんですよ、これ」


「あー! あったあった! あったなあ、そんなハズレ品! ……なちぃな。お宝かと思いきや銀板一枚ぐらいでしか売れねえんだ。ハハ、あったあった…………なんでそんな欠陥品着てたんだ?」


「……いや、これ破れたり解れたりしても勝手に直るんですよ」


「……割に合わねえだろ」


「…………お金とか無いし」


「…………そうか」


 まあ確かに他に従軍に着ていくような高級品を持ってなかったってのもあるけど。


 やっぱりスーツよろしく買っといた方がいいのかなぁ…………皮装備にショートソード。


 異世界と言うだけあって冠婚葬祭感覚で必要なのかもしれない。


 村でちゃんとした装備じゃなかったの俺ぐらいだったし。


 テッドやマッシが冒険者装備を持っていたのには、元々冒険者志望という理由があったから驚かなかったが。


 そういえば一緒に従軍した他の村人も装備を持ってたもんなあ。


 しかし普段使いしないことと主に値段方面で買いたくないまである。


 第一、村長宅には有事に備えての装備があるのだ。


 本当に必要か? って思っちゃう。


 まあ村長宅の装備は村の固有財産的なやつだけど。


 そもそも今は無一文なんだけど!


 純粋な疑問を含むものから憐れむようなものへと変化したガンテツさんに視線に、適当な誤魔化し笑いを浮かべる。


 …………貧乏とか思われてんだろうなぁ……違うのに。


 しかし効果を発揮しなくとも魔力を吸うという一品を着る理由というのが他に無いので、勘違いを訂正するのはやめておこう。


 藪をつついて蛇が出すことはない。


「おー。お前、そういう顔かー」


「あ、ども。初めまして、レライトって言います」


 お腹いっぱいで微睡み掛けていたパーズが、初出しの顔や変化した声を気にすることなく話し掛けてきた。


「パーズだー。よろしくなー?」


「はい、よろしくお願いします」


 ようやくの自己紹介が叶った拾われ君である。


「それにしてもテメー随分と若ぇな? もしや成人前か?」


 買い物は既に済んだのか空になった木箱に今度は荷物を詰め込んでいるガンテツさんが世間話のようなものを振ってきた。


 どうやらボチボチ店仕舞いらしい。


「いえ、つい最近成人の儀式を済ませました。従軍経験もあります」


 なんなら『途中』です。


「ほう? 大したもんじゃねえか。見掛けの割に歳重ねてんだな」


 まさに。


「今年成人かー。じゃあオレと同じだー。オレも最近大人になったー。まだ処女だけどなー」


「うん?」


「なー?」


 パンパンと汚れを払って立ち上がるパーズが同意を求めるように首を傾げている。


 いやごめん、……なんて?


 上手く聞き取れなかった会話の後半……しかし聞き返さない方がいいと俺の直感が囁いている。


 具体的にはコメカミに青筋を膨らませるガンテツさんが怖いからなんだけど。


 ここは話を逸らすが吉!


「ところで俺のことを随分と自由にさせてくれてますけど……なんか奴隷みたいなもんなんですよね? あの……全然全くこれっぽっちも考えちゃいないんですが、逃げられることとか考えてないんですか?」


 やっぱり俺の滲み出る人の良さがそうさせてしまうのか……。


 しかしどうやらガンテツさんの意見は違ったようで。


「ああ? なんだそりゃ? 誰がそんなこと言ってたんだ?」


 ガンテツさんは蓋をした木箱に腰掛け聞く体勢を取った。


「え……あの片想い君が、なんかそう言ってました……」


 名前忘れちゃったよ。


「セージか……」


 溜め息混じりに呟いたガンテツさんには、どうやら『片想い君』で通じたようだ。


 眉間を揉み揉みしたガンテツさんが言ってくる。


「いいか? テメーには救助に見合った金を払う義務がある。それがこの国の法だ。そりゃ払えなきゃ身の代として売り払われることもあらぁな。取れるところから取られる。だが払う意思があるなら別だ。『使われる』のも代金の内だがよお、稼いで払うってんなら奴隷でもなんでもねえやな。セージの言葉は話半分ぐらいに聞いとけや。……ったく。あいつはパーズが絡むと碌なことしねえ」


 ……ああ、そんな感じか。


「でも逃げられたら損なのでは?」


「ああ、そりゃ逃げられりゃ損だがよ。既に『見届け』が済んでるからな、捕まったらちゃんと金が入ってくんだよ」


「……いや、でも上手く逃げ遂せる可能性も無くはないというか……あ、全然考えてませんよ? 考えてませんけどね? でもほら? 俺の場合は顔も声もハッキリとしてなかったわけで……」


「あ? 関係あんのか?」


「え? いや、だって……バレない……」


「うん? ……あー! お前、もしかしてギルドを利用したことねえ口か? ギルドカードを知らねえのか?」


 ……なんでそこでギルドカード?


「……いや、冒険者ギルドのギルドカード持ってますけど……自宅にありますよ……たぶん」


 何処やったかなぁ……どっかで埃でも被ってるんじゃない?


 あの、本人が触ると『に、肉ぅ』って出るらしいカード。


 ただし浮き出る文字は本人には見えないので幼馴染に確認して貰ったことがある。


 ギルドカードを持っていると告げると途端に興味を無くしたような顔になるガンテツさん。


「じゃあ知ってんじゃねえか。それだ、それ。本人を識別出来るカードなのは分かるな?」


 うん、まあ。


 凄いテクノロジーだよね?


 それを何処ぞの海賊王のピンチの時の台詞みたいに使っている俺もどうかと思うけど……。


 それで…………。


「それが?」


「……鈍い奴だな。救命された奴は、ひとまずそのカードを作る時と同じ『登録』をされんだよ。そして『救命者名簿』に登記される。要は救命金の未払いリストだな」


 ふむふむ。


「それが何故逃げられないことに繋がるんでしょうか?」


「本気で鈍いな……そんなに鈍いと日常生活でも苦労すんだろ?」


「いえ全く」


「ハッ、どうだが? ……テメーが触るとテメーに見えない文字が浮き出る『登録』をされてんだ。国境にリストを置いとけば国を跨ぐなんて出来るわけがねえ。触らせれば一発よ。しかも気付かれたことに本人は気付けねえからなぁ。うちの国じゃ『海命ギルド』ってのが海運、漁師、冒険者の三ギルドを司ってんだが、他所の国に逃げられたところで同じギルド間のネットワークってのがある。『登録』した奴の照会をされて捕まるのがオチだろうよ。どんな街や村だろうと、身分証明なんてのは必須だ。全く人の世と関わらねえってんなら逃げ切れる可能性もあるんだろうが……ま、そんだけ覚悟決めてんなら仕方ねえや。大人しく銀板の二、三枚諦めてやらあな」


「ハハハ……なるほどぉ」


 あっぶね……!


 例えば職質よろしく肩を叩かれただけでバレていた可能性を思えば…………俺が恩を忘れない忠犬タイプの精神を持っていて良かったといったところだろう。


 しかも警官というか衛兵さんには『こいつ逃げてます』みたいな文字が見えてんのに「あ、なんか事件ですか?」なんて人狼染みた誤魔化しをする自分が想像出来ただけに尚更である。


 顔が露わになったことで隠せずにいる俺の冷や汗を確認したガンテツさんが、ニヤニヤと笑いながら背中を叩いてきた。


「よお、命拾いしたな?」


「ハッハッハ……なんのことやら? あ、それ俺が持ちますね?」


 木箱を抱えようとするパーズに断わりを入れて、俺は率先して自分が使えるというアピールをしていくことにした。


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