第427話


 着替えろと言われたので着替えたかったのだが……さすがに天下の往来で真っ裸になるのは勘弁して欲しかった。


 犯罪云々の前に羞恥心ってあるから。


 俺は下に水着着ているわけじゃないから。


 そんなわけでやって来たのは人気の無い廃屋。


 怖ぁ。


 え? 廃屋って普通に街中にあっていいもんなの? スラムなんて単語、俺の脳裏には某バスケ漫画ぐらいにしか出て来ないんだけど?


 当時の世界でも在ったとされるスラム街だが、己で目にしたことはない。


 正直、異世界に転生したというのは名ばかりで、こんな危ない雰囲気の街に来るのは初めての異世界初心者なのだ。


 いや……だってわざわざ行くぅ? こんな危なそうなところ……。


 分かりやすく言うならミレニアム前の外国にあるというスラムを想像して欲しい。


 そんな感じだから。


 ここに比べれば、まだ未成年の時に迷い込んだ子供ギャング(ボコっちゃった)がいるダンジョン都市の路地裏なんて物の数にも入らないだろう。


 近くが海であるせいか潮風もあり、建物の荒れ具合もあれの比じゃない。


 暗がりや物陰から……それこそ突然、グワッ! とやられるんじゃないかって……。


 思わず強化魔法の三倍を併用しちゃうよね?


 荒くれ共と争った時にも使わなかった奥の手を使用だ。


 だって怖いから。


 人気の無い所を探そうとやってきた寂れた一角だったが……ボロボロの服で座り込んでいた人とかいてさあ……もう具合を聞くとか以前に己が身を心配しちゃうよね?


 ……どっかの店の裏とかを借りて着替えれば良かったかなぁ。


 港の大きさと市が開かれる程の活気からは想像出来なかったけれど、意外……でもなんでもなく荒んでいるところもありそうだ。


 そういえば襲ってきた奴らとか居ましたもんね?


 治安がだいぶ心配である。


 ガンテツさんがパーズを一人にさせないのも頷ける。


 そんな警戒心からの併用三倍は――――功を奏したようで……。


 強化された感覚が遠間に躙り寄ってくる気配を捉えた。


 しかも複数。


 人気の無い筈の廃屋だというのに、人の気配を感じるというこれ不思議。


 …………さすがはファンタジーな世界だけある。


 ――なんて呑気さも場所を変えても付いてくるように動く気配には通じず。


 どうにも狙われているらしい。


 ……なんだよ、この真っ裸ローブが金を持っているように見えるのか?


 借金ならあるぞ? 遠慮なく持っていってくれ。


 どうにも避けられそうにない揉め事の気配に、将来は自国から出ないことを決心した。


 いや、なんなら村からも出ない、村にコンビニ作るまである、ついでに幸せな家庭も築いて庭で鶏を飼う。


 手早く着替えた方がいいようなので、人の目がないことをいい事にサッと着替えようとして――気が付いた。


 フードを外したことでローブの滲むような黒さが消えたことに――


 …………あれぇ? そういえばフード被りっ放しだったけど?


 つまりは、お顔の確認をされていないということで…………。



 ……………………に、逃げられ――――?



 いや! そんなこと考えたりしないよ?! ちょっとね? 逃亡されるというリスクについて考えてるだけであって! そんな恩を仇で返すようなことは考えてないよ?! 勿論ね! 一ミリもね?!!


 しかし現実問題、俺の顔は斯くや声すらも違うというのだから……どのようにして本人確認を行っているのか……?


 そもそも助けられたことを素直にゲロっちゃったけど、否定する奴がいたら成立しない商売なんじゃないの?


 湧き上がる疑問に、文字通り影が差した。


 奥まった廃屋の入口を塞ぐように、筋肉アピールするタンクトップが一人、二人……三人、五人、って増え過ぎじゃない?


 そのうちの一人に…………見覚えがあるような無いような? …………やっぱ無いな。


 誰だお前ら? スラムに住む追い剥ぎか?


 先頭の一人が口火を切る。


「へっへっへ、さっきは世話になったな」


「なんだテンプレか……」


 他所でお願いします。


 そういうの……他所でお願いします。


 ガックリしながらも増える人数に「今度は倍を連れてきた」とか言われそうな気配である。


 ぞろぞろぞろぞろろろのあぞろ。


 暴れられそうだったので広い場所にしたのが間違いだったか……入ってくるだけで中々襲い掛かって来ない追い剥ぎ共。


 しかしどうやら主戦力の到着を待っていただけのようで――――タンクトップ装備の連中の中から軽鎧装備の海賊面が出てきた。


 片目に眼帯、手に持つカトラス。


 ……船長かな?


「……こいつか? まだガキじゃねえか」 


 こちらをチラリと確認した船長が、呆れたような溜め息と共に愚痴を漏らす。


 それに答えるのは見覚えのないある無頼漢だ


「い、いやでもかなり強いんスよ?! 本当に! たぶんガンテツの野郎が新しく雇った護衛かなんかっス。二人揃うと厄介なんで、片方だけでも沈めておけば……」


「爺にガキを怖がるキュラス一家ねえ……? 噂の方は話半分か何かかよ」


「……」


「ま、俺は金が貰えればなんでもいいがな」


「あ、その辺でいいです」


 なんか赤文字の情報を話し始める船長面に慌てて待ったを掛けた。


 そういうのいいから、いらないから。


 俺はちゃんとお金を払う、国に帰る、それでバイバイ、いいね?


 変に巻き込まれない、これ君子。


 いいね?


 会話を止めろと促す俺に、訝しげな表情の追い剥ぎ一同。


 船長面が代表して恫喝してくる。


「ああ?」


「いや、同感だなって」


 君らさ、お金を持ってる?


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