第433話


 四つある出入口は、ガンテツさんの部屋、パーズの部屋、シャワー、トイレ、とそれぞれに繋がっていた。


 そのうちのシャワーとトイレに扉が付いていて、ガンテツさんの部屋とパーズの部屋には扉が付いていなかった。


 ……プライバシーとかさぁ、どうなってんだろう……。


 扉の後付けも可能なんだろうけど、元から無いというのは自室として抵抗がありそうなものだ。


 パーズの部屋の方には申し訳程度のカーテンが付けられていたが……本人が部屋に入る時には引かれないという無駄っぷりを発揮していた。


 なに? 俺が変なの? 異世界にプライバシーとかないの? うん?


 ねだりにねだって自室を勝ち取った息子の立場としては納得いかないものがある。


 いやカーテンあるけどさ……。


 しかし引かれないというのならしょうがない。


 ガンテツさんにはガンテツさんの部屋が、そしてパーズにはパーズの部屋がある。


 そこで残される新たに入った居候の寝場所なのだが……。


 一つはシャワーで一つはトイレという、とても寝起きするには適さない部屋しか残っていないわけで……。


 つまり必然として、俺が寝るのは不可抗力でパーズの部屋が覗けてしまうリビングになるわけなんだ……わかるかな?


 仕方ない……これは仕方ないことだから不可抗力と呼ばれるわけで!


 本意ではない! 本意ではないのだよ!!


 そんな希望はわざわざ部屋を譲ってくださったガンテツさんが粉々に砕いてくれた。


 俺を紳士として育ててくれる星の巡りには感謝しかない、祈っとこう。


 くたばれ。


 起きるまでも早く、酒樽だらけのアルコール臭と加齢臭がする部屋で目覚めた。


 ……いや、そりゃ微睡みとか無いよね?


 もしかするとコレクションなのかもしれない……という微妙に少し残っている酒樽に、洗わないの? と無駄な疑問の湧くシャツの山がこの部屋の全て。


 早く税金だか借金だか知らないけど払わなきゃ。


 俺が間違ってたよ……沸き立つ湯気の中で目立つ白さに『のんびりやればいいさ……のんびり』なんて思うだなんて。


 えーんだよ、この世には奇跡も希望もなあ!


 俺を暗黒面へと落とす臭いスメルに起きたまま魘されていると、パーズが部屋の出入口にヒョコッと顔を出した。


「起きてるかー……あー。起きてるなー?」


「お陰さまで」


 もうちょっとで世界を滅ぼそうと思うぐらいのメンタルが溜まるから待ってて?


「じゃあ、泳ぎに行こうー。教えるぞー」


 そう言って部屋に入ってきたパーズは――水着だった。


 昨日も着ていた物だが前世にあった黒の競泳水着と酷似したそれは、しかしカラーリングなどは無いタイプだ。


 それだけになんというか……ああ、こういうところから羞恥心の希薄さがうまれたんじゃないのかなぁ?


 しかし世界は救われたよ……奇跡は無くとも浄化はあったんだね?


 うん、そうじゃない。


「いや待て。……待ってください。教えるってなんですか、教えるって……」


「あー、敬語じゃなくていいぞー? 面倒だからなー」


「そう? そりゃ助かる」


「おー。同じ歳だしなー」


 …………あー、確かに。


 そうだな……その方が楽だし、いいよな。


「じゃあ、普通に話すわ」


「おー。じゃあ行くぞー。爺ちゃん、大抵昼まで起きないからなー。たっぷり泳ごう」


 そうなのか……ということは明け方まで呑んでたのか。


 部屋を譲ってくれたのも優しさというより、酔い潰れて寝るのが好きだから、と言われた方が納得の部屋の惨状である。


 酔いに任せて眠るのも最高だもんなー。


 なんせ転生まで出来るっていうんだから……二度としないまであるよねー。


「はやく行こう、はやく」


「待っ……ちょ、え?」


 ボーっと考え事を続けていた俺の手をパーズが引っ張る。


 リビングではガンテツさんが毛布にくるまり寝こけていた。


 ソファーっぽい椅子もあるのに床に寝っ転がっているので、どうやら寝落ちで間違いないようだ。


 するとこの毛布はパーズが掛けたということになる。


 その手際といい、日の出に起きる習慣といい、割と日常の出来事なのかもしれない。


 しかし俺の手を引くパーズは嬉しそうで……やはり本人が言うように本当に泳ぐのが好きなのだろう。


 いつの間にか戸締まりしていた金属製の扉をパーズが開けると、外から熱気が入り込んでくる。


 朝だというのに結構な暑さである。


 確かに夏が近い時期ではあるが……早朝ともなれば暑さよりもまだ涼しさが勝る気候である筈だ。


 ともすれば随分と南へやってきたのかもしれない。


 自身の状態からしても、そんなに長い時間が過ぎたようには感じられなかったのだが……。


 どうやって生き延びた云々は置いとくとしても、あれからどれだけの日数が経ったのか、ここが俺の住む村からどれぐらい離れているのか、それぐらいは把握しておいた方がいいだろう。


 ……せめて自国の国名ぐらいは覚えておけば良かったなぁ。


 完全に外国迷子状態である。


 待つべきか動くべきかも分からない。


 しかも足枷借金付きと来た。


 俺を拾ったと言う少女の表情とは裏腹に、俺の先行きは随分と暗いもののようである。


 文字通り流されるがまま、どうにか状況を打開するべく考えながら、俺は頑丈な家をあとにした。


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