第424話


 目玉商品は即行で売れた。


 並べられた瞬間に小判鮫の如く群がってきた商人っぽい奴や船乗りっぽい奴が「っしゃあ!」とか言いながらガッツポーズまで決めて買ってった。


 そこだけ競争染みていたのだから……どれだけ品薄なんだろう?


 どうやらここでアワビが買えるというのは周知であるらしい。


 しかし値付けは相場の通りの物だったのでクレームの一つでも入る覚悟であったのだが……特に問題になることもなく売買は成立した。


 …………あんまり安過ぎるから粗悪品とでも思われてるんじゃない? 普段の売りってさ……。


 もしくは銀板一枚という値付けでも底値に近いのか……。


 そういえば他の店で売っていたアワビは一回り小さかったような気もする。


 ……さすがに貝の良し悪しなんて分からないよなぁ? 『大きければ高級品――ってわけでもない』って先入観もあって……。


「なー? なー?」


 しかし銀板一枚という取り引きは満足のいく内容だったのか……先程からオーナーは『なーなー』の大合唱だ。


 まだ売り物は残ってるんだけど?


「なー、なー」


 ええい! 興奮し過ぎだろ!


 ついには袖を引かれるようになって――


「なー、腹減ったなー?」


「ただ呼んでただけかよ?! すいませんでしたー!」


 普通に口癖なのかと思ってたよ!


 そんなわけで。


 上司の呼び掛けも散々無視していた部下としては、望みを叶えないわけにもいかないだろう。


「……何か買ってきましょうか?」


 お金は無いから出して貰いますけど。


 異世界パシリ爆誕だよ。


 どうしてこうなった? 俺の異世界ライフ。


「いつもはなー、これ余るから焼くんだー」


 そう言ってパーズは商品の入っている木箱をバンバンと叩いた。


 この娘……ちょっと言動が荒いよね?


 行動の端々にガンテツさんの英才教育の成果が現れているようにも思える。


 しかし焼くって……。


「なんか取り決めとかないんですか? 火気厳禁だったり……」


 何故そんなことを訊くのかというと、直ぐ隣りの店が網とかを売っているからだ。


 さすが市場の端っこ経営とでも言えばいいのか、売っているのが……恐らくは投網に使われる網と防水の布という必要なのかどうか分からない微妙なラインの物。


 やるとしても、ちゃんとした焼き台で飛び火しない工夫や消火出来る用意が必要なのではないでしょうか?


 隣りの店へチラリと視線を向ければ、木箱に腰掛けた中年のおじさん。


 なんか文句でもあるのかこちらを見ている。


 ほら……やっぱりクレームが――


「もし焼くんならシマスを一匹くれ。いつも通り塩と交換で」


「食いたいのかよ?! いつも通りってどういうこと?!」


「いいよー。今日は貝が売れたからなー……」


「んでいいの?! しかもその言い方だと貝が売れちゃダメみたいじゃん!」


 そのいかめしい面はデフォルトかよ?! こっちはトラブルを想定して言葉を選んでたってのに!


 一々ツッコミを入れる俺を無視して、パーズに親しげに話し掛けるおっちゃん。


「なんか新しいの入れたんだな? ぶっちゃけガンテツさんだと圧が半端ないから助かるわ」


「なー。これ、拾ったんだー。もうオレのだー」


「ああ……落水救助か。まだそんなバカがいたのか? ラッキーだったな、パーズ」


「なー?」


 諸々の会話にツッコミを入れたいのだが……たった今、流されたばかりだから躊躇しちゃう。


 いやこれは俺がおかしいわけじゃないよね? ……ねえ?


 ゴソゴソと木箱を漁っていたパーズが、あまり売れていなかった魚を三匹ほど取り出した。


 どこに持っていたのか小振りなナイフまで取り出して魚を捌き始める。


 さすがに表からは見られないようにという配慮なのか後ろ向きだが……こちとら敷板の上に直座りの露天なのだ。


 ちょっと上から覗けば見られると思う。


 そんな俺の心配を他所に、慣れているのかテキパキと魚を処していくパーズ。


 魚の内蔵を取り出し、木箱から出てきた串を刺し、隣りのおっちゃんから貰った塩を掛けて――――


「……あ。焼き台、無いなー。爺、入れ忘れたのなー」


 ガサゴソと何でも出てくる木箱を漁りながら首を傾げていた。


 何でもは無理だったみたい……使えない木箱だな。


 段々と『魚を食べられる』という期待も相まって、そういえば食事してないなぁ、なんて思っていただけにガッカリである。


 ……火魔法を使うか?


 僅かな躊躇は、魔法を使えるということが今後俺の対応にどう響くかと考えているからだ。


 税が上がったりしないよね?


 出来ることなら安く済ませたいと思うのが庶民。


 そしてここにいるのは村人の中の村人、キングオブ村人と自称しても過言ではない俺である。


 一時の欲望に流されて判断を誤るようなことがあってはならない……。


 俺の役割は『ここはホニャヘラの村だよ』である。


 だがしかし……! 腹は…………減った!


 一度自覚してしまうと、市場の中に溢れていた匂いすら食欲を掻き立ててくる。


 本能と理性のせめぎ合いは、お客さんが来たことで中断となった。


「いらっしゃいませー! どうぞ見てって……」


「ここにある貝……と魚もか? 貝と魚、ぜんぶ買ってやってもいいぜ?」


 そりゃ結構なことで……。


 本来なら大口の注文に喜ぶところなのだが……客の様子からして、何かキナ臭さを感じる。


 六人程の船乗りっぽい見た目の客だった。


 全員が腕の太さに自信を持っているような海賊的風貌で、顔に貼り付けているニヤニヤ笑いが癇に障る。


 その人数からして、残りの商品を全部買うという言葉にも納得が出来るのだが…………


 まだ断言してないな? どういう客だ?


 ほんのりと香る質の悪そうな客臭に閉口していると、予想通りというか何というか……接客している俺を無視してパーズの方へと話し掛け始めた。


「ただ……全部『なま』の品なのがなあ……。俺達は腹が減っててよ? どうにも焼いたり蒸したりして欲しいんだよ……分かるか?」


「あー、なー? でも今日は焼き台を忘れててなー。ちょっと近くの店で借りようか考えてたとこだー」


「待ってらんねえよ。だから、貝と魚を持って付いてこい。早く焼ける場所があるからよ? なーに、金はちゃんと払うさ。へへへ」


 相手は指定しているのはパーズだ。


 他のお仲間っぽい奴らもパーズの上から下までを無遠慮に眺めて……腹が減っているのか舌舐めずりまでしている。


 なるほど、品定めかな?


 そういうお客様かぁ……。


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