第423話


 事情聴取をした。


「爺ちゃんの真似だー。いつもこうやってるぞー?」


 よし分かった。


 お前ら商売に向いてないな?


 申し訳程度に場所を主張している敷板と、ここまで足を伸ばしてくれるお客さんがいるのかという立地が、全てを表していた。


「……売れるんですか?」


 そんなんで。


「んー? なー。良いときは半分ぐらいー。顔見知りが買ってくれるんだー」


「…………新規の顧客とかいるんですか?」


「偶になー」


 『偶に』がどれぐらいなのか知りたいよ……。


 こりゃいかん。


「えっと……とりあえず物は良いんですから、商品を並べて……あとは値札ですね、値札出しましょう。値段……これはいくらですか?」


 使わなかった木箱の蓋を商品台に、木箱の中から大あさりっぽい貝を取り出した。


 パーズが貝を見つめて言う。


「……銅棒いっ、……二本……なー」


「ちょっと待っててくださいねー?」


 い? 『一本』か? もしかして一本って言おうとしたのか?


 金針どころか銀板一枚稼ぐだけで期限が過ぎちゃうよ?!


 ダメだ、早くなんとかしないと。


 一応、パーズの目の届く程度の範囲で市場を回った。


 相場の確認のためである。


 大あさりは……焼いてあるのが銅棒七本で取り引きされていた。


 うちの店、バカ安くねえ?


 なんで誰も来ないんだろう……いや分かるけども。


 値段も表示されずに、普段は強面の爺が接客するんでしょ?


 そりゃ客も逃げ出すわ。


 ある程度の商品と値段を覚えて売り場に戻る。


 商品の設置を任せていたパーズは、種類もバラバラの貝を蓋の裏に丁寧に並べていた。


 貝だけなのは魚だと跳ねてしまうからだろう。


「大体の相場は分かりました。最低でも一個銅棒五本で売れますよ」


 というかそれ以下の値段のやつが中々無かったよ。


 パーズが獲ってきたという貝はどれも新鮮で身が太く、味ばかりは知りようがなかったが、品質にも問題はないように思えた。


 放っといても売れるレベルだ。


 普段はそこに『そのスジ』っぽい強面が邪魔をしているようなのだが……ラッキーなことに今日はいない。


 売れるだけ売ってしまおう。


「高いと買われないぞー?」


 むしろ怖くて買えなかったんじゃない?


「試しに売ってみませんか?」


「そうなー。……金針なー。頑張ろうなー?」


 うん……まあ、それもあるけどね?


 でもこの状況が余りにも……というのもあるから。


 とりあえず俺はそれっぽい呼び掛けをすることにした。


「ここにある貝、どれでも銅棒五本でーす! 良かったら見てってくださーい!」


 値札が無いので口頭で値段を伝えていく。


 すると数少ない市場の端っこまで足を伸ばしてくれている商人っぽい奴が寄ってきた。


「バラ売りか……掘り出し物狙いならありか?」


 ボソリと呟かれた言葉を俺の耳が拾う。


 あー……そうか、纏め買いって視点もあるなあ。


 仲買業者とかだったら、それこそ纏まった数が必要になるのかもしれない。


 同じ種類で揃えるのも大切だろう。


 それでも買う気はあるのか、ジロジロと商品台を冷やかしていく商人っぽい奴。


「お、セキシム赤貝……マキブタサザエラムールムール貝も並んでいるな? 本当に銅棒五本なのか?」


 向こうからの問い掛けにチラリとパーズを確認したが……同じくこっちを見てくるだけで…………いや見つめ合ってる場合じゃないんだけど?!


 仕方なく俺が答えた。


「はい! 銅棒五本でやりとりしてます!」


「それじゃこれとこれ……あとこれも」


「はーい、銅棒二十五本ですねー。……ちょうどです! ありがとうございましたー! …………あの、もしかして問題ありました?」


 むき出しの貝を持っていた袋に入れて去っていくお客さんが見えなくなってから、雇用主に今の値段で問題なかったかを訊いた。


「うーん? いやー……そんなことないぞー。あんな値段で売れたの初めてだー。なー? 潜ればタダなのになー」


 そんなこと言ったら『作ればタダ』『拾えばタダ』になるじゃん……。


 とりあえずお金の管理をパーズに任せて、売れたお陰で空いた商品台の隙間を木箱の中身で補充していく。


 チョロチョロとお客さんはやってきた。


 ぶっちゃけ焼いていたり蒸していたりと、単発の商品だと加工済みの物が多かったので、似たような値段で売っている大あさりなんかもそこそこ売れた。


 というか獲り方が良いのか、それとも選んで獲っているのか、ここにある商品は見た目にも良かった。


 その安さと相まって、普通の接客をしていたら普通に売れるだろう。


 ……めっちゃ怖い人が値段表示無しで売らない限りは、だけどね……。


 順調に商品は履けていき――――やがて木箱の底が見えてきた。


 そして気が付く――


 別格の貝がある、と。


「あの……これ……」


「あー、それなー。珍しいんだー。それは……銅棒じゅ、……二十本ぐらいでも売れるなー」


 …………うん、いや……まあね?


 普段どれだけの安値で売っているのか分かる言い直しである。


 言い直した後で値段が高くなっているのは、俺に気をつかっているからかもしれないが……今日の売り上げって俺の懐事情とは関係ないんですよ……。


 こりゃガンテツさんの話を聞いてなかったな?


 そして『この貝』が安値を誇る当店でもそこそこの値付けで売られているのにも納得だ。


 だってアワビだもんね?


 アワビに……白ミル貝だもんね?


 木箱の底にあったアワビっぽい貝と白ミル貝っぽい貝は、他のお店じゃ本来の値段に横棒を引いて


 恐らくは品薄なのだろう。


 普段は銅棒六十本ぐらいで取り引きされているらしいのだが……今は銀板一枚ぐらいが相場である。


 ガンテツさんの覇気を突破して買うだけの価値もあるよねー……。


 タイミング良く売り場に並んだ時に目撃したから高い貝だと分かったのだが、捌けるのも早かったので見逃していたら銅棒五本で並べていたかもしれない。


 なんせ異世界なのだから、前の世界と同じ物価とも限らない。


 シイタケっぽい茸とかが良い例だ。


 あ、危なかったー……!


「じゃあこれは銀板一枚で売りましょう」


「高いとなー? 売れないかもしれないからなー」


「原因は値段じゃないです」


「ええ?! ……そうなのかー?」


 不思議ちゃんの初めて見る驚く顔に、どこかおかしさのようなものを感じてしまい――思わずといった感じで笑いが零れてしまった。


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