第422話


 パーソナルスペースがバグっている不思議ちゃんは置いといて、やってきたのは市場の端っことでも呼べるような場所だった。


 というか市場の端っこだ。


 買い物に行くと言っていたそうなのに、わざわざ付いてきてくれたガンテツさんが、その端っこの端っこを指差す。


「ここがオレらのスペースだ。おう。木箱はそこに置いといてくれや」


 二人で並べばギュウギュウになるスペースは、下に木製の板を敷いただけの……他に何かあるわけでもない場所だった。


 ここまで通ってきた市場には、のぼりや屋台などの露店が所狭しと並べられ、呼び込みなのか怒声なのかという声が飛び交っていた。


 ここだけ明らかな寂れ具合である。


「……これで金針を稼ぐ……だと?」


「年の瀬には晴れて奴隷になれるじゃねえか? ここで予行練習でもしていくんだな」


 おのれ爺?! 騙したな!


 ニヤッとした笑みを浮かべる爺さんに……しかし木箱を丁寧にスペースの後ろ指定の場所へと置く俺。


 商品に罪は無いからね? もしかしたら金針になるかもしれないしね?


 別に怖いとかじゃ…………いや怖いや。


 顔の圧力が半端ねえもん。


「よし。いつもならオレとパーズの二人で売り子をするんだが……人数がいるからな? 売りはテメーらに任せる。それで、だ。どうせパーズは条件やら何やらの話なんかしちゃいねえんだろうから、オレが伝えておこう」


 お爺さん、信じてましたとも。


 見下ろしてくるガンテツさんの眼光に負けて正座での拝聴だ。


 ……ほんと見た目怖ぇな、この人。


「まずテメーに掛かる税は銀板で八十枚らしい。なんでも奴隷が旬らしくてな? 相場よりも高ぇとよ」


 奴隷が旬というパワーワードよ。


「謝礼は同額を払って貰うのが筋だ。じゃなきゃオレらの儲けにゃならねえからな。慈善事業じゃねえんだ、こっちも命を掛けてる。貰うもんは貰う」


「はい」


 そりゃそうだろう。


 よく考えなくても海だ。


 魔物なんかの脅威もある中、「人助けですから」なんて爽やかをやってられない。


 そんなことするのはチートとか持ってて余裕がある主人公クラスの人でしょうよ。


 モタモタしていたら餌食なことも間違いないだろう。


 ……よく助かったなあ、俺。


 そもそも水を飲んでたりしなかったんだろうか?


 俺の疑問を残しながらもガンテツさんの話が続く。


「だからテメーが稼がなきゃならねえ金は銀板で百六十枚ってとこだ。交換率に変化がねえんなら……金針で一と、銀板で六十になる。そのためにも働いて貰うんだが……。まず基本的にオレらが獲ってきた物は、売れてもオレらの金だ。テメーにゃ売り子をやらせるが……これに金を要求しようもんなら叩き出す。わかったか?」


「はい」


 これも当然と言えば当然か。


 アルバイトじゃないのだ。


 文字通り稼がせて貰う立場ともなれば理解も出来る。


 つまり搾取ですね?


 俺の前世でもよくありました。


 ……前世酷いな?


「本来ならパーズが決めることなんだが……こいつはちょっとフワフワしてるとこがあるからな。金稼ぎは従来の方針でやらせる。こういう時は大抵仕事の手伝いをさせるらしいからよ。それだ。でもテメーに儲けが無けりゃ、いつまで経っても金が貯まりゃしねえ。そいつはオレらとしても困る」


 俺も困ってます。


「そこでテメーが仕事にくっついてきて獲った物なら、たとえ売れてもはテメーの金とする。半分は『上がり』だ。悪いが税や謝礼とは別になるからよ、残る半分だけで金針と銀板を貯めろ」


「はい!」


 割と納得出来るので問題ないです!


 むしろ五割も貰えるの凄いな?


 たとえどれだけ会社に貢献して利益を出したとしても、十割貰えるなんてあり得ない話だ。


 そもそも給料制じゃない時点で結構な良心設定である。


 文字通り『稼がせて』解放するという感じなのか――


「そんな感じかー。……もういいかー?」


「……」


 いつの間にか隣りに座っていたパーズが、ガンテツさんを見上げてそう言った。


 海にいる時と違ってつまらなさそうに感じるのは……俺の気のせいじゃないのかもしれない。


「テメーが説明してねえからしてんだろうが?! あと少しで終わるから大人しく待ってろ!」


「そうかー」


「ったく……あー、何だったか? あ、そうそう。テメーに掛かる金は、その時に持ってたら徴収するぞ。これも謝礼とかじゃなくな。飯代とか生活に使う魔晶石の金とかだ。その時に無かったら借金としてつける。……そんぐらいか? 何か聞きてえことあるんなら今のうちに聞けや」


「概ね分かったんで大丈夫です」


「そうか……じゃ、オレは『買い』の方に行くからよ。しっかりやれ」


「うっす!」


 体育会系の先輩後輩ような挨拶を交わした後で、ガンテツさんが人混みに紛れていった。


 残されたのは十代半ばにしか見えない男女である。


 木の板を敷物に座っている。


 ……これ商品並べる所じゃなかったんだね?


 木の板の敷地面積は狭く、並んで座っているだけで自然と肩が当たる程であった。


 これが日常なのだとしたら、パーソナルスペースがバグるのも仕方…………いや、なくはないでしょ?


 しかしこれも仕事だと思えば勘違いなぞしようもない。


「さて……まずは何をしましょうか?」


 開店準備前に見える露店(?)で、隣りに座る少女に問い掛けた。


 最初は品出しかな? もしくは値札……。


 まずはともあれと木箱へと視線を向ける俺を置いて、少女が口を開く。


「魚ー! 貝ー! あるよー!」


「うん、ちょっと話そうか?」


 そりゃあるよ。


 ここを何処だと思ってんだ?


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